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~決意~ 医務室にて――― 「や…やめろ!俺が…俺が何をしたってんだ!?」 天体戦士サンレッドは四つん這いにさせられ、その態勢のまま四肢を固定されていた。 何故こんな事になってしまったのか、皆目見当もつかない。 「暴れてはダメよ、サンレッド」 海のように深く、静かな知性を感じさせる涼しげな声。 「勝ったとはいえ、貴方も相当なダメージを受けている。早急に治療が必要だわ」 「だから、なんでこんな事をする必要があんだよ!」 「あら、私のする事が信じられないのかしら?」 一本のぶっとい三つ編みにした、長い銀髪。 穢れなど欠片もない白磁の肌。 澱みなき流水を思わせる、清廉な美貌。 彼女こそは蓬莱山輝夜の従者にして幻想郷最高の医者。 今大会において医療部門の全権を任された女性――― 「まあ、任せておきなさい―――人呼んで<超天才激烈美人女医>八意永琳(やごころ・えいりん)にね!」 ―――ちょっくら、性格がアレだった。 「任せられねー!信じられねー!」 「ま、落ち着きなよ」 少し離れたベッドの上から、全身に包帯を巻かれた星熊勇儀がレッドを宥める。 「性格は置いといて、腕は本物さ。幻想郷に住む者なら、大概の奴はそいつの世話になってる」 「本当かよ…」 「信じたまえ。鬼は嘘をつかない―――それにあんた、このままじゃ二回戦で負けちまうよ」 そう言われると、レッドとしては黙るしかない。彼とて、自分の身体が万全とは程遠い事は自覚していた。 このまま治療を受けずにいては、二回戦を落としかねない事も。 勇儀との闘いは、それほどの死闘だったのだ。 当の勇儀はというと、医務室のモニターに視線を注いでいる。 「この第二試合の勝者が、あんたの次の対戦相手になる…蓬莱山輝夜か、それとも風見幽香か―――どっちが 勝ち上がって来ても、今のあんたじゃまず負ける。ここは大人しく永琳先生に従うのが最善さ」 「…ちっ」 風見幽香とは、予選終了後に接触している。 それだけで実力をはっきりと計れるわけではないが、確かにただならぬ雰囲気の持ち主だった。 蓬莱山輝夜については、遠目でその姿を見ただけに過ぎないが、トーナメントに出場している以上はそれなりの力 の持ち主である事は想像に難くない。 どちらと闘う事になるにせよ、体力は出来る限り回復しておくべきだろう。 「分かったよ、大人しく診てもらわあ。おい、先生。早いトコ治療を…」 「はいはい、今始めるから…それにしても」 永琳は、モニターに映る彼女の主―――輝夜の姿を見つめる。 「姫様ったら…こんな危険な事に首を突っ込んで…」 そして、モニターの前に立ち。 「本当に…」 右拳を振り上げて、おもっくそブン殴った。 「何を考えとるんじゃあんのアホはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ピシっと亀裂の入ったモニターに追い打ちをかけつつ、更に叫ぶ。 「こちとらただでさえテメーの世話でストレスがマッハで限界突破しとんのに余計な心配をかけさせやがってェ! <アイドルレスラーを目指すためにトーナメントに出るわ!>って、そんなヒマがあったら真面目に就活しとかん かい!芸能人になって一攫千金とか夢見てんじゃねーぞ、コラ!時代はもう平安じゃねーんだ!テメーに貢いで くれる貴族はもういねーんだよ!いつまでも姫という名の自宅警備員じゃいられねーんだ!ムカツクぜぇ、クソッ クソックソッ!」 罵声を浴びせかけつつ、ガンガンとモニターを蹴り上げて―――不意に、瞳から涙が零れた。 「だけど…ああ、姫様。やっぱり私は、貴女を嫌いになれない…だって貴女は、本当はとても頑張り屋さんで健気 で一生懸命なんだもの…」 ―――何とも複雑に捩子曲がった愛憎が、彼女の胸中で渦巻いているようだった。 一方、彼女を見守るレッドの顔は、何処までも暗い。 「…俺、こいつに生殺与奪の権を預けて本当に大丈夫かな…」 「大丈夫さ…多分」 勇儀も自信なさげである。そんな二人を意に介さず、永琳は涙を拭ってレッドの背後に立つ。 ―――状況をおさらいしておくと、レッドさんは四つん這いのまま、四肢を拘束されています。 「さて、それじゃあ治療を始めましょうか…うどんげ!アレをお願いね」 「はい、師匠!」 元気のいい声と共に奥から顔を出したのは、女子校生風のブレザーに身を包む少女。 頭には、何故かウサ耳である。 その手には、何処となく不吉な形の薬剤が握られている…。 「準備、OKです!」 「じゃあ、早速ヤって頂戴」 「はい!」 「おい…何をヤるってんだよ…」 レッドの全身を雷の如く貫いたのは、恐怖。 そして、堪え切れぬ悪寒。 「何をって…やだなあ、きまってるじゃないですかぁ」 ウサ耳少女は、朗らかに、事もなげに言った。 「座薬ですよ、ざ・や・く。これが患部に一番効くんですから」 そして、レッドのズボンを瞬時に脱がす。引き締まったおケツが露わになった。 「…お…おい…よせ!やめろぉっ!何で怪我人に座薬なんだよ!?おかしいだろ、なあ!?」 「いいえ、何もおかしくありません。ギャグパートに私が出てきた時点で、分かる人は<あ、座薬ネタだ>とピンと 来たはずですしね…さあ、一発イっちゃいましょう!」 「大丈夫よ、サンレッド。痛いのは最初だけよ、すぐによくなるわ(患部が)」 もはや、太陽の戦士に逃げ場はない。 せめて、みっともない声だけは出すまいと。 レッドはそう、決意した。 そう―――ヒーローである己が、座薬如きに屈するわけにはいかないのだ! 「えい(はぁと)」 「あ゙」 ―――それからおよそ一分後、医務室のドアが開かれ、伊吹萃香が顔を出した。 入れ替わりに、レッドがふらふらと医務室を出ていく。 やけに憔悴した彼をいぶかしげに見つめつつ、萃香は室内の勇儀に向けてよっ、と手を上げた。 「おう、勇儀。随分ハデにやられちゃったね」 「ま、見ての通りさ…強かったよ、あいつは」 「大した奴だ…」 「あたしは犠牲になったのさ…奴の強さを示す犠牲にね…」 「<ラーメンに入ってるアレを食べたくなる会話だなあ>ええ、その通りですね」 「うおっ!?」 「ひゃっ!?」 全く予想外の返答に、鬼二人がのけぞる。 すう―――と。 まるで空気のように存在感を覚らせる事なく、気付けば一人の少女がそこにいた。 古明地さとり―――地底妖怪の元締めである。 「あー、ビックリした…さとりちゃんさあ。そうやって相手をビビらせんのはよしてよね」 「これは失礼。誰かに声をかける時は背後からこっそり、と思っていまして」 ジト目で睨む萃香に対しても、さとりは涼しい顔である。 幻想郷最強クラスに対してもこの態度、地底妖怪トップの肩書きは伊達ではない。 「そういえば通路でサンレッドとすれ違いましたが、何かあったのでしょうかね?私の能力でも心が読めない程に 胸中が乱れまくっていたようですが」 「…色々あったのさ、あいつも」 勇儀は多くを語らなかった。 死力を尽くして闘った相手への敬意と友情であった…。 「しかし勇儀さん。随分ハデにやられましたね」 「ま、見ての通りさ…強かったよ、あいつは」 「大した奴ですね…」 「あたしは犠牲に…」 ※同じネタを繰り返す事を天丼と呼びます。閑話休題(それはともかく)。 「お燐やお空も心配してましたよ?あまり大勢で押しかけると迷惑かと思ったので、私だけで来たのですが…」 さとりはその手に、紙で出来た箱を持っていた。ケーキか何かが入っていそうなアレである。 「二人のおやつにと思って持ってきていたのですが、二人とも、勇儀さんのお見舞いにもっていってあげてほしい と言ったので…どうぞ」 「お、気が利くねー。ありがたくいただいとくよ」 嬉々として受け取り、箱を開いた勇儀は、その瞬間固まった。 そこにあったのは、この世のモノとも思えぬオゾマシイ色合いを持ち、あの世にすら存在しそうにない異臭を撒き 散らす、謎の物体Xであった。 「…何これ」 「発売されたばかりの地底の最新銘菓<死体と土塊の多層菓子(ミルフィーユ)>です」 きらりん☆と音が鳴りそうな、涼やかで朗らかな笑みを浮かべ、さとりは言い放ったのだった…。 ―――そんなこんなをやってるうちに、闘技場。 そこは既に爆心地を通り越し、終末世界の様相を呈していた。 包み込むのは、割れんばかりの歓声と拍手。 ある者は涙を流し、ある者は喉が裂けんばかりに絶叫し、ある者は何故か素っ裸になった。 それほどに言葉では語り尽くせぬ、壮絶にして崇高な闘いだった。 「しかし、とんでもない闘いでした…」 ジローはただ、そう言った。 「ええ、途方もない闘いでした」 妖夢も頷く。 「本当に、途轍もない闘いでしたよねー」 ヴァンプ様は吹き出してきた汗をふきふきしながら溜息をつく。 「うん、突拍子もない闘いだった」 とは、コタロウの言葉である。 「蓬莱山輝夜…美しさのみならず、強さをも兼ね備えた女傑―――私は彼女の名を永劫忘れる事はないでしょう」 「本当に…彼女の放った数々の妙技には、心の底から驚かされました」 「試合開始と同時に放った<ブリリアントドラゴンバレッタ>だったっけ?あれは本当にすごかったよねー」 「そこから続け様に繰り出した<ブディストダイアモンド>も圧巻でしたね。石焼きビビンバでも作るくらいしか 使い道のなさそうな鉢を、まさかああいった方法で利用するとは、まさに発想の勝利です」 「<サラマンダーシールド>に<ライフスプリングインフィニティ>も大概ですよねー。あんなのされたら、もう どうやってかわせばいいのか分かりませんよ」 「<蓬莱の玉の枝>に至っては、目の前が埋め尽くされんばかりの光の洪水としか表現できませんね…正しく虹色 の弾幕。正しく夢色の郷―――もしもの話ですが、闘技場に立っていたのが私ならば、一瞬で蒸発させられていた 事でしょう」 「<月のイルメナイト><エイジャの赤石><金閣寺の一枚天井><ミステリウム>に関しては、私も初見です。 恐らくはこのトーナメントのために編み出したのでしょうね…」 「そして何よりの白眉は、かの<永遠と須臾を操る程度の能力>―――」 「あれは反則だよねー、兄者」 「ええ。もうそれ以外に言う事はありませんよ」 「しかし…」 妖夢は、闘技場へと目を向ける。 そこにいたのは、一輪の花。 眩い程に美しく、日輪へ向けて咲き誇るかのように凛々しい、大輪の花。 されどそれには、猛毒の茨が仕込まれている――― 「しかし、真に恐るべきは―――その全てを打ち破った風見幽香…!」 その名を口にしただけで、妖夢の額から汗が流れ落ちる。 「余りにも暴力的…余りにも威圧的…余りにも…強すぎる…!結局彼女は、あの嵐のような弾幕の中ですら、傷の 一つも負ってはいない…」 「しかも、容赦がなさすぎる…!最後の攻撃は、完全に相手を殺すつもりだった。あの焼き鳥屋店主の少女が乱入 して、その身を挺して庇っていなければ、如何に不死身といえども、蓬莱山輝夜はこの世から完全に消滅していた かもしれない…」 「レッドさん、次はあの人と闘うんだよね…勝てるよね?ね?」 「うーん…どうかなあ。私、いよいよレッドさんの葬式に参加しなくちゃいけないかな?」 レッドの強さを知るコタロウやヴァンプ様ですら、不安顔だ。 ジローも難しい顔をして、静かに顔を伏せている。 それが幻想郷最強の一角―――風見幽香! その幽香はといえば闘技場中央で佇み、観客達に手を振ったりしている。 彼女と親交の深いメディスン・メランコリーなどは、試合終了時から未だにスタンディングオベーションを続けて いる程に感動しているようだった。 「おー…なんか、盛り上がってんじゃねーか…」 「あ…レッドさん、お帰り!」 「よお…」 おざなりに手を上げるレッド。やけにしんどそうである。 「勇儀さんとの闘い、すごかったよー!ぼく、感動しちゃったなあ!」 「ええ、ほんとに!私達との対決も、あんな感じでお願いしますよ!」 「そうか…ありがとよ…まあ、対決はワンパンKOでいくけどな…」 「…あの、レッドさん。もしかして、相当疲れてません?」 「え?ああ…ちょっとな…まあ、心配すんなよ…医務室でちょっくら見てもらったから、身体の方はむしろ調子が いいくれーだし…はは…」 曖昧な笑顔で(マスクなのに何故か曖昧な笑顔だと分かるほどに曖昧だった)答えるレッドさん。 「大丈夫かなあ、レッドさん…本当は、そうとう辛いんじゃ…」 「無理もありませんよ、コタロウ」 ジローはそういって、弟の頭をポンと叩く。 「レッドが身を置くのは、我々の想像を遥かに超える壮絶な闘いの世界…その重圧たるや、生半可なものではない のでしょう。我々に出来るのは、今はそっと休ませてあげること…そして、レッドの勝利を信じることです」 「ふっふーん。無理無理」 後ろから、メディスンが口を挟む。 「サンレッドだっけ?あんたも確かに強かったけど、一回戦でへばってるようじゃ幽香には勝てっこないわよ」 「…あん?」 「どうせ負けるんだから、棄権してパチンコにでも行ってきたら?ヒモヒーローにはそれがお似合いよ」 ケラケラ笑うメディスンである。 はっきりいって、非常にウザい。 「つーかあんた、医務室行ってきたって言ってたわね?その時にあの変態医者からアヤシイ治療でもされちゃった んじゃないの?あはは、そうだったら笑え」 笑えなかった。 レッドさん渾身のゲンコツが、メディスンの脳天を砕いたからである。 ―――この一撃によってメディスンは医務室に運ばれ、これ以降の全試合を見逃すハメになったという。 合掌。 「レッドさん…怒るのも分かるけど、女の子をぶっちゃダメだよ」 「うるせー」 静かだったが、有無を言わせぬ迫力に満ちていた。 「俺の前で医務室の話をすんな。殴る」 「医務室…ああ」 ジローは何かに思い至ったようだった。 「…八意永琳の治療を受けたんですね?分かりますよ、私も予選終了後に、彼女に…」 それ以上は言わなかったが、レッドは察した。 何も語らず、男二人は静かに目線を交し合ったのだった。 「けど…強敵なのは間違いないですよ。どうするんですか、レッドさん。何か対策は?」 「ねーよ、んなもん」 「ねーよって…」 「グダグダ言ってんじゃねーぞ、ヴァンプ―――」 「勝つよ」 短い、一言。 されどその言葉には、覇気が満ちていた。 「負けちまったら、色々と申し訳がたたねーしな…」 『応援しますよ―――どうか、優勝してください』 『次からも頑張れよ、サンレッド』 敗れ去っていった者達の言葉が、彼を突き動かす。 彼を、奮い立たせる。 「俺は勝つ。相手が誰でもな―――」
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「―――あらまあ。ヴァンプさんとこの子じゃない。こんにちは」 「ふもっふ!」 フロシャイム川崎支部への道すがら、通りがかりの近所の森末さんに手を上げて朗らかに挨拶するボン太くん。 されど、その和やかな容姿を真に受けてはならない。 彼の裡には、獣が住むのだ。 (フロシャイム…奴等の実態も大分掴めてきたな…) 数百・数千もの構成員それぞれが、並のヒーローを遥かに超える実力の持ち主である事。 幼い子供に対し<フロシャイムは善良な悪の組織>と刷り込みを行っている事。 カードゲームを発売し、法を犯す事無く大金をせしめた事。 異次元への扉を開くほどの科学力の持ち主であるという事。 最近ではとある吸血鬼の一族や恐るべき力を秘めた魔界の戦士、悪の姫君を奉ずる謎の軍団とも接触し、更に勢力を 増している事。 何という事か。一見平和な神奈川県川崎市溝ノ口に、ここまで恐ろしい悪が蔓延っていようとは! (天体戦士サンレッド…彼の活躍がなくば、既に日本はフロシャイムに制圧されている事だろう…だがこれ程の巨悪に、 大佐殿以外は誰も気が付かなかったとは!恐ろしい…あれだけの力を持った組織が、ここまで完璧にその実情を世間 から隠し通し、堂々と悪の看板を掲げて存在しているという事実が!) この地に住まう人々は、今はまだフロシャイムの事を<お人好し揃いの悪の組織>としか思っていない。 だが、もしも奴等の本性が知れ渡る事になれば、少なくとも川崎市は大混乱に陥るだろう。 いや、それすら見越して、フロシャイムは人畜無害な悪の組織を演じているのかもしれない。 (サンレッドもいつまで持ち堪える事ができるか…早急にミスリルが動くに足るだけの悪事の証拠を掴んで、奴等の野望 を食い止めねば!) そんな決意と共に、ボン太くんは川崎支部アジトへと入っていく。 「あ、ボン太くん、久しぶりー!最近顔を見せないから心配してたんだよー」 「これでアニマルソルジャーが全員揃ったね」 「ボン太くん スキ」 アニソルメンバーからのお出迎え。Pちゃんも翼をパタパタさせて挨拶している。 「ふもっ!」 元気に挨拶を返すボン太くん。彼は台所への暖簾をくぐり―――絶句した。 そこには。 「そうそう。中々筋がいいよ、かなめちゃん」 割烹着姿の我等がカリスマ将軍ヴァンプ様。 「そうですか?ありがとうございます、ヴァンプ様」 そして、同じく割烹着を身に付けた千鳥かなめであった。 「ふもぉぉぉぉぉぉーーーーっ(千鳥ぃぃぃぃぃぃーーーーっ)!!!???」 ボン太くんの絶叫が、川崎支部アジトを中心に、半径1kmに渡って轟いたという…。 天体戦士サンレッド ~フロシャイムの姦計!軍曹・孤高の闘い 「―――って、何でアンタがここにいんのよぉぉぉ!?」 耳をツーンと言わせながらも、千鳥かなめはボン太くんに詰め寄った。頭を抱えてガクガク揺さぶる。 「ふ…もふもふもふ、ふもっ!(そ…それはこっちのセリフだ!何故千鳥がここに!?)」 「ええい、相変わらず何を言っとんのかさっぱり分からんわぁぁぁっ!…あ、そう言えば前に悪の組織に潜入するとか 何とか言ってたわね。まさかここだったの?何だってまたここなのよ!?」 脳をシェイクする勢いで、なおも揺する。見かねたヴァンプ様がかなめを押し止め、かなめは息を荒くしつつどうにか 落ち着きを取り戻した。 「ちょちょちょ、ちょっとかなめちゃん!いきなりどうしたの?ウチのボン太くんが何か?」 「す…すいません、ヴァンプ様。ちょっとこいつの事、知ってたものですから…」 「え?かなめちゃん、ボン太くんの知り合いだったの?」 「はい。何と言いますか、こいつは」 「もっふー!」 ボン太くんは大声で会話を遮った。中の人は背中まで冷汗でびっしょりだ。 (危なかった…俺の正体をバラされてしまう所だった!) 既に自分が<組織>の工作員であるという事は勘付かれている筈。にも関わらずフロシャイムが抹殺行動に出ない のは、向こうにも確証がないということだろう(以前、ケーキに猛毒が仕込まれているものと疑ったのが、後でどれだけ 調べても毒物は検出されなかったので結局食べた。美味しかった)。 まさか彼女がそこまで暴露するとは思わないが、自分の<中身>について言及されれば、そこからいくらでも素性は 洗い出せるだろう。フロシャイムには、それだけの力がある。 (※あるにはあるんです。そういうまともな悪事に使おうとしないだけです) そうなれば自分はおろか<ミスリル>まで危機に晒されてしまっていた。最悪の事態を間一髪で回避し、どうにか胸を 撫で下ろす。 「もう、ボン太くんたら。そんなに大きな声ばかり出しちゃダメ。近所迷惑でしょ?」 「ほんとにアンタは…いつもそんなんでヴァンプ様達に迷惑かけてんじゃないの?全く…」 まだ耳を押さえつつ、ヴァンプ様とかなめは顔をしかめる。妙に仲の良い様子の二人に、ボン太くんは首を傾げる。 (しかし、千鳥は一体どうしたんだ?これではまるで、フロシャイムの一員ではないか…) ぞくっ――― その想像は、余りにも恐ろしかった。 千鳥かなめ―――少しばかりお転婆なのが玉に瑕だけど、いつも元気で明るい少女。 けれど、彼女には<とある秘密>がある。 その<秘密>を巡り、悪党共からその身柄を狙われた事は一度や二度ではない。 そして今、フロシャイム川崎支部に千鳥かなめはいる…しかもやたらとヴァンプ将軍と仲良しになって…! この二つの符号が示す事実はただ一つ…! (何という事だ…!千鳥は既にヴァンプ将軍によって洗脳されている…!) それは、本当におぞましい想像で―――恐ろしい事実だった(少なくとも、彼の脳内では)。 いや、待て。まだ、そうとは限らない。 早急に、本人に確かめてみなければならない。 「ふもっ!」 「ちょ、ちょっと。急に手を引っ張らないでよ」 「あ、ボン太くん!何処行くの?かなめちゃんは今…あー、行っちゃった」 ヴァンプ様はポリポリと頭を掻きつつ、先程までかなめが作っていた<それ>を見つめ、にやりと笑う。 「ククク…よく出来ておるわ。あの娘、本当に見所があるぞ。フフフフフ…」 特に意味はないけど、悪モードに入ってみるお茶目なヴァンプ様であった。 一応言っとくけど、かなめは別に何か法に触れるモノを作ってたわけじゃありませんので、悪しからず。 ―――かなめの手を引き、ボン太くんが辿り着いたのは川崎支部アジトの庭。 洗濯物がたなびく牧歌的な背景で、得体の知れないナマモノと仏頂面した美少女が向かい合うという、訳の分からん 光景が展開されていた。 <千鳥…率直に訊こう> ボン太くんはふもふももふもふしか喋れないので、筆談である。 「何よ、ソースケ」 <ヴァンプ将軍に拉致され、体中を弄り回された挙句に洗脳されたんだな?> 「何でそうなる!?」 バチコーン、と素晴らしい音を立ててハリセンが炸裂した。 <痛いぞ、千鳥> 「じゃかあしいわ!どういう思考回路してんのよ、アンタは!」 当然ながらプリプリ怒るかなめである。 <しかし、奴等は悪の組織だ。何故そこに千鳥がいるんだ?> 「そ、それは…何だっていいでしょ!ソースケには関係ないんだから」 明らかに態度がおかしくなった。ボン太くんは確信する。 (やはり…重要な部分については口を閉ざすように脳を弄られているのか!間違いない…洗脳だ!) 彼は戦慄した。 フロシャイムの監視を怠っていたつもりはない。だというのに…。 自分の目を掻い潜り、千鳥かなめにこうも易々と接触し、手駒にしてしまうとは…! ボン太くんの脳裏には、悪の女幹部っぽい服(露出度パネェ)を着て悪っぽい高笑いを響かせるかなめの姿が鮮明に 映し出されていた。 「あのね…勘違いしてるみたいだから言っとくけど、別にあたし、フロシャイムに入ったとかじゃ…」 「―――あ、いたいたボン太くん!…と、かなめちゃん。二人して、何してたの?」 と、庭にやってきたウサコッツが駆け寄ってきた。かなめはその愛らしい姿に頬を綻ばせる。 「あら、ウサちゃん。何でもないの。ちょっとこのバカ…コホン、ボン太くんとお話ししてただけよ」 「えー、二人だけのナイショ話?ずるーい!ぼくも混ぜてよー」 「ふふ、はいはい。じゃあ、一緒に遊びましょうね」 かなめは今までに見たこともないような笑顔で、ウサコッツを抱き上げる。 「うふふ、かーわいい!」 「もー、かなめちゃんまでぼくをバカにしてー!ぼくは全然可愛くなんてないもん!」 そんな二人(一人と一匹)の姿を、ボン太くんは茫然と見つめるしかなかった。 間違いなかった。千鳥かなめは身も心も完全に、フロシャイムの構成員と化していた。 「…ふも…」 ふらふらと歩き出し、ボン太くんは川崎支部を後にする。 「あ、ちょっとソー…ボン太くん、どこ行くのよ!?」 かなめの声も、もはや彼の耳には届かない。 何という事だ。 自分の本来の任務において最重要事項は、千鳥かなめの安全を守る事。 だというのに、こうしておめおめと洗脳されてしまうとは! (…大佐殿に報告だけは、しておかなくては。そして…責任を取ろう) 携帯を取り出し、ボン太くんは決意した。 自宅に隠し持っている爆薬の質・量を思い出す。 (あれだけあれば、川崎支部を吹き飛ばす事くらいは可能だ…そう、この役立たずで愚かな軍曹の命ごとな…) そう、自爆テロである。誰かこの子を止めてあげて! ―――何かよー分からんけどSF的なすっげー高性能な潜水艦。 その執務室にて、<大佐殿>ことテレサ・テスタロッサ…愛称テッサは、頭を抱えていた。 「…何だったのかしら、あの電話は…」 彼女が秘かに想いを寄せている、寡黙な少年からの連絡。 その内容は、実に不可解なものであった。 『フロシャイムの恐るべき計画を食い止めることができませんでした』 『奴等の野望は、恐らくは既に手の付けられない所まで来ています』 『その上に、千鳥まで洗脳され…』 「…うーん…」 考える。一体、何があったのか。 何だって、彼はあんなにもテンパっていたのか。 今にもありったけの爆弾を抱えて特攻しそうな勢いだった。 その常人を遥かに超越する脳細胞の全てを使って、仮説から更なる仮説を導き出し、辿り着いた答えは。 「な…何てことなの…!」 思わず、涙が零れた。 自分のせいだ。自分があの前途有望で頼り甲斐があって無口だけどかっこよくて素敵な少年(大佐主観)を、こうも 追い込んでしまったのだ。 責任感の強い彼は、自分のバカバカしい頼み事も一生懸命にやりすぎてしまったのだろう。 だけど、彼にも精鋭部隊の一員としての誇りと矜持があったはずだ。 間違っても、あんなノホホンとした悪の組織を調査するために<ミスリル>にいるわけではない。 テッサが知る限りのフロシャイムは御近所付き合いを欠かさず、幼稚園児のためのボランティアで楽しい遠足行事を プロデュースし、子供から大人まで遊べるカードゲームを作って皆を喜ばせる、そんな組織だ。 (ちなみに主な情報源はウサコッツである。本人は世界征服の一環と言い張っていたが) 恐らく、何故自分がこんなバカな事をやらなければならないのかと、悩み抜いていた事だろう。 けれど<大佐殿から直々に受けた任務だから>と、必死にやり遂げようとした。 不満も何も言わず、自分一人で抱え込んで。 その結果、彼をここまで精神的に追い詰めてしまった――― <フロシャイムは本格的に世界征服を企んでいる恐ろしい組織>という妄想を創り出し、自分のしている事に意味を 見出したのだ。そうでもなければ、バカバカしくてやってられなかったから。 テッサはそう理解し、泣いた。手元にピストルがあったなら、確実に自分の頭をブチ抜いていただろう。 いや、贖罪として敢えて苦しみを長引かせるため、腹をブチ抜いたかもしれない。 嗚呼、恐るべきはフロシャイム。自分は何一つ手を下すことなく、強大な正義の組織の中核を成す若き才女を、自殺 寸前にまで陥らせるとは!もう一度云おう、フロシャイムは恐るべき悪の組織である! ―――通常とは、相当に違う意味で。 夜である。ボン太くんスーツを脱いだ相良宗介は、街灯の寂しい灯りの下、トボトボと帰り道を歩む。 彼の脳裏には、既に遺書の文面が並んでいる。後は原稿用紙に書き写すだけだ。 (大佐殿…クルツ…マオ…そしてミスリルの仲間達…後は任せた…俺は、俺は…もうダメだ…) そして学校の皆を思った。 (今思えば、悪くない体験だった…さらば、愛すべき我が母校…愛すべき恩師、愛すべき学友達よ…) 「―――何を捨てられた野良犬みたいな顔で歩いてんのよ、アンタは」 そんな思索に耽る宗介の眼前にいたのは、何かの紙箱を持つ千鳥かなめ。 今や悪の手先と化してしまった少女だった(※あくまで宗介の脳内設定です)。 「千鳥…」 宗介は決意を固めた。こうなってしまったからには、せめて彼女をこれ以上、悪事に加担させたくはなかった。 すっと、拳銃を構える。慣れ親しんだその感触が、今はどこか空々しい。 「お前を殺した後で川崎支部に特攻してヴァンプ将軍率いるフロシャイム怪人諸共、俺も死ぬ!」 「お前だけ死ねぇっ!」 スパーン。ハリセンが炸裂し、宗介は悶絶する。 「ったく、もう…今度はどんなアホらしい勘違いしてんのよ」 「勘違いだと?しかし、千鳥はフロシャイムの手にかかり洗脳…」 「まだ言ってんのか、アンタは!何をどうすりゃそう思えんのよ!」 「いや、川崎支部での千鳥の行動を見る限り、そうとしか…」 「…………アンタは…ホント、一回頭をかち割って中身を見てみたいわ」 はあー、と盛大な溜息をつき、かなめは手にしていた紙箱を差し出す。 「ほら、ソースケ。ありがたく受け取りなさい」 「…これは何だ?」 「試作品よ。秘密にしておくつもりだったけど、このままじゃロクでもない勘違いを続けそうだから、あげるわ」 宗介は訝しげに紙箱を受け取り、注意深く開く。爆発物や毒ガスの可能性も考慮したが、そうではなかった。 「…む」 それは、見事なチョコレートケーキだった。かなめは少し誇らしげに、胸を張る。 「どう?ヴァンプ様も上出来だって褒めてくれたのよ」 「確かに、よく出来ているが…これと今回の件に、一体何の関連が?」 「アンタが知ってるとは思えないけど、バレンタインのためよ」 「ばれんたいんだと?」 当然の如く知らない。知ってる方が驚きだ。 「2月14日。簡単に説明すると、女の子から男の子へ、親愛の証としてチョコレートを贈る日なの」 「何と…そんな行事があったとは、知らなかった」 「でしょうね…だから、まあ、アンタにチョコケーキでも作ってやろうかと思って。それで、友達からヴァンプ様の噂を 聞いたのよ。すっごく料理上手だって。で、美味しいチョコケーキの作り方を教わってるってわけ」 「では…洗脳は」 「されてないっつってんでしょうが」 もう一発、ハリセンをお見舞い。今度は手加減してくれたのか、あまり痛くはなかった。 「…すまない。どうやら、俺の早とちりだったようだ」 「それで拳銃で撃たれたらたまんないわよ、バカ…ま、いいわ。明日学校で、感想聞かせてよ」 手を振りながら去っていくかなめを見送って、宗介は手の中のケーキを見つめる。 「バレンタイン、か…」 一口分だけ指で千切り、口に放り込む。 「…悪くない」 それは、ほんのり甘く。 少しだけほろ苦い、青春のような味がした。 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である! なお大佐殿は後日、今回の事の次第を聞いてほっと胸を撫で下ろしつつ、自分もヴァンプ将軍の下でケーキの作り方 を学ぼうかと割と真剣に悩んだという。 ※追記 レッドさんは今回さっぱり出てこなかったけど、きっと川崎市の平和を人知れず守って下さっていたのでしょう。 主にパチンコ屋周辺をパトロールしてるのを見かけたから、間違いありません。
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幕間SS一覧 このページではダンゲロスSS3に投稿された幕間SSを表示します。 トーナメントを彩る物語達 第一回戦までの幕間SS一覧 登場キャラクター 幕間SS 文字数 相川ユキオ倉敷 椋鳥弓島由一 ノートン卿の栄光・幕間SS 2,110文字 相川ユキオ七葉樹 落葉森田 一郎銘刈 耀 幕間SS・落葉の暗躍 2,333文字 猪狩誠 幕間SS・試合前夜 1,538文字 雨竜院雨弓黄樺地 セニオ聖槍院 九鈴姫将軍 ハレル雨竜院雨雫(外部リンク) 幕間SS・残された者達 632文字 雨竜院雨弓トリニティ佐倉 光素雨竜院畢(外部リンク)夢追中(外部リンク) プロローグのような幕間SSのような何か 1,207文字 エルフの元女騎士ゾルテリアラーメン探偵・真野事実 異世界人ゾルテリアの挑戦ソシーズカップラーメン編 947文字 エルフの元女騎士ゾルテリア夜魔口赤帽&夜魔口砂男銘刈 耀 幕間SSゾルテリアの説明~女騎士とは 792文字 遠藤終赤偽名探偵こまね儒楽第内亜柄影法夜魔口赤帽&夜魔口砂男ラーメン探偵・真野事実埴井 きらら佐倉 光素 幕間SS・『探偵』は推理する生物である 3,177文字 紅蓮寺工藤 アンナウンスンー 898文字 肥溜野森長銘刈 耀 無題(肥溜野&銘苅SS) 2,689文字 聖槍院 九鈴 幕間SS・贖罪の天使 561文字 等々力縁寛中無羅漢三郎 トラック野郎・等々力縁寛 1,011文字 以下、第一回戦のネタバレを含むおそれがあります。 第二回戦までの幕間SS一覧 登場キャラクター 幕間SS 文字数 相川ユキオ雨竜院雨弓聖槍院 九鈴高島平 四葉姫将軍 ハレル雨竜院畢(外部リンク)雨竜院金雨(外部リンク)雨竜院雨雫(外部リンク) 浄罪の雨 2,688文字 猪狩誠 SS アンラッキー家族 1,218文字 猪狩誠雨竜院雨弓エルフの元女騎士ゾルテリア偽名探偵こまね聖槍院 九鈴高島平 四葉姫将軍 ハレル蛭神鎖剃夜魔口赤帽&夜魔口砂男弓島由一ラーメン探偵・真野事実銘刈 耀埴井 きらら佐倉 光素雨竜院畢(外部リンク)埴井葦菜(外部リンク) ドキ! 男だらけの温泉大会 3,812文字 猪狩誠鎌瀬 戌紅蓮寺工藤内亜柄影法 鎌瀬戌幕間SS 6,127文字 猪狩誠“ケルベロス”ミツコ儒楽第夜魔口赤帽&夜魔口砂男冷泉院 拾翠 ここまでの展開がよく分かる幕間 1,726文字 雨竜院雨弓エルフの元女騎士ゾルテリア黄樺地 セニオ偽原 光義偽名探偵こまね紅蓮寺工藤姫将軍 ハレルワン・ターレン 姫将軍と偽名探偵のファントムルージュ感想戦 3,923文字 雨竜院雨弓鎌瀬 戌偽名探偵こまね倉敷 椋鳥黒田武志肥溜野森長儒楽第聖槍院 九鈴高島平 四葉トリニティ内亜柄影法姫将軍 ハレル蛭神鎖剃不動大尊夜魔口赤帽&夜魔口砂男弓島由一ラーメン探偵・真野事実森田 一郎 ネタに詰まったら学園化しとけ 6,991文字 雨竜院雨弓聖槍院 九鈴ワン・ターレン雨竜院雨雫(外部リンク)曼珠沙華深奈(外部リンク) 九鈴蝦地獄 1,098文字 エルフの元女騎士ゾルテリア偽原 光義 ゾルさんファンタジーまさかの正体の巻き 1,704文字 エルフの元女騎士ゾルテリア偽原 光義偽名探偵こまね ~~名探偵っすか こまねちゃん~~~~のぞきなんて最低だ!~~~~こまねちゃん 最後の名推理~~ 合計1,242文字 遠藤終赤オーウェン・ハワード夜魔口赤帽&夜魔口砂男 夜魔口赤帽=(第一回戦ネタバレ有り) 1,689文字 偽名探偵こまね高島平 四葉姫将軍 ハレル 黄金の水 2,693文字 偽名探偵こまねラーメン探偵・真野事実 幕間SS『名探偵・負け犬たちのサーカス』OP 2,738文字 倉敷 椋鳥銘刈 耀 倉敷椋鳥のあまり表プロローグと変わりない裏プロローグ 2,282文字 黒田武志“ケルベロス”ミツコラーメン探偵・真野事実森田 一郎未来探偵紅蠍(外部リンク) インタビュー・ウィズ・スズハラ 5,235文字 儒楽第トリニティ蛭神鎖剃夜魔口赤帽&夜魔口砂男ラーメン探偵・真野事実 ダンゲロスSS3 XENOGLOSSIA 1,780文字 聖槍院 九鈴高島平 四葉佐倉 光素ワン・ターレンその他…… 猥褻がいっさいないトング伝説温泉・前編 883文字 猥褻がいっさいないトング伝説温泉・後編 2,591文字 高島平 四葉 はっここはファントムルージュの世界 820文字 弓島由一 弓島由一の能力に関する九つの報告 2,085文字 冷泉院 拾翠 プロローグSSから二日目の夜 2,246文字 黄樺地 セニオ紅蓮寺工藤埴井 きらら佐倉 光素真野八方(外部リンク)夢追中(外部リンク)咲ノ倉ほづみ 光素ときららの試合場下見ツアー 6,335文字 以下、第二回戦までのネタバレを含むおそれがあります。 準決勝戦までの幕間SS一覧 登場キャラクター 幕間SS 文字数 エルフの元女騎士ゾルテリア 裏トー準決勝・特急予告 1,164文字 遠藤終赤黄樺地 セニオ紅蓮寺工藤夜魔口赤帽&夜魔口砂男 ギムレットにはまだ早い 2,624文字 遠藤終赤黄樺地 セニオ偽原 光義紅蓮寺工藤ワン・ターレン 事前準備 7,127文字 オーウェン・ハワード偽原 光義山田 復讐者の誓い その6復讐者の誓い その7 合計2,623文字 黄樺地 セニオ 黄樺地セニオの能力『イエロゥ・シャロゥ』についての補足 1,720文字 姫将軍 ハレル 幕間SSアメ×ハレル?それともハレル×アメ? 4,903文字 以下、準決勝戦までのネタバレを含むおそれがあります。 決勝戦までの幕間SS一覧 登場キャラクター 幕間SS 文字数 雨竜院雨弓エルフの元女騎士ゾルテリア聖槍院 九鈴高島平 四葉雨竜院雨雫(外部リンク)その他…… 九鈴ちゃんの告白 830文字 エルフの元女騎士ゾルテリア黄樺地 セニオ偽原 光義偽名探偵こまね 名探偵っすね、こまねちゃん 1,814文字 黄樺地 セニオラーメン探偵・真野事実 とある人物のエピローグその1または、某能力に対する追加推察 5,265文字 偽名探偵こまねラーメン探偵・真野事実その他…… 幕間SS『名探偵・負け犬たちのサーカス』 9,785文字 遠藤終赤夜魔口赤帽&夜魔口砂男ワン・ターレン 合縁奇縁・その1 788文字 遠藤終赤黄樺地 セニオ偽原 光義夜魔口赤帽&夜魔口砂男 合縁奇縁・その3 2,036文字 姫将軍 ハレル蛭神鎖剃夜魔口赤帽&夜魔口砂男 合縁奇縁・その4 2,435文字 以下、あらゆるネタバレを含むおそれがあります。 エキシビジョン以降の幕間SS一覧 登場キャラクター 幕間SS 文字数 雨竜院雨弓鎌瀬 戌黄樺地 セニオ偽原 光義偽名探偵こまね内亜柄影法夜魔口赤帽&夜魔口砂男山田 内亜柄影法~エピローグ~ 1,412文字 雨竜院雨弓聖槍院 九鈴雨竜院雨雫(外部リンク) 雨竜院雨雫・死の3日前の話 924文字 赤羽ハル雨竜院雨弓黄樺地 セニオ聖槍院 九鈴高島平 四葉佐倉 光素雨竜院畢(外部リンク)雨竜院金雨(外部リンク)雨竜院雨雫(外部リンク) サムデイズインザレイン 6,190文字 全選手七葉樹 落葉森田 一郎 黄樺地セニオエピローグ 9,042文字 雨竜院雨弓聖槍院 九鈴弓島由一佐倉 光素雨竜院雨雫(外部リンク) 落下停止 663文字 偽原 光義トリニティザリ・ガナー雨竜院金雨(外部リンク)封洞蟹牢(外部リンク) 《トリニティ》vs《沼地の王、ザリ・ガナー》 1,293文字 雨竜院雨弓聖槍院 九鈴雨竜院畢(外部リンク)雨竜院雨雫(外部リンク) 雨竜院雨弓エピローグSS 2,674文字 雨竜院雨弓聖槍院 九鈴雨竜院畢(外部リンク)雨竜院金雨(外部リンク) 予告編テイストなエピローグ 1,898文字 赤羽ハル聖槍院 九鈴高島平 四葉森田 一郎佐倉 光素 第一回戦【雪山】SSその3(大会後修正版) 12,165文字
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一回戦第一試合―――勝者・サンレッド。 『幻想郷最大トーナメント、第一試合から波乱の幕開け!天体戦士サンレッドが、幻想郷一の怪力を誇る星熊勇儀 を真っ向から撃ち破りましたぁっ!溝ノ口発の真っ赤なチンピラヒーローが、衝撃の幻想郷デビューを我々に見せ 付けた!この男は何処まで往くのか!?これから目が離せません!』 射命丸文の絶叫と化した実況と鳴り止まぬ歓声の中、彼は地に伏したままの勇儀に手を差し伸べた。 「立ちな。手を貸してやるよ」 「…心配すんな」 よ、っと声を上げて、勇儀が立ち上がる。 「おいおい、無理すんなよ?」 「なに。そこらの奴とは鍛え方が違うさ…ほら。勝ったんだから、観客に愛想良くしなよ」 勇儀はレッドの右腕を掴み、高々と持ち上げさせる。 歓声が、一際大きくなった。 「…ちっ。こういうガラじゃねーんだけどなー」 そう言いつつ、満更でもない様子で左手も高々と突き上げ、観客に向けて大きく手を振った。 「レッドさーん!カッコよかったよーっ!」 「感動しましたぁ!でも忘れないで下さいよ!あなたを抹殺するのは我々フロシャイムですからねーっ!」 ―――とりわけ大声を張り上げるこの二人が誰なのか、言うまでもないだろう。 「…あのバカ共。後で殴ってやる…」 「ははは、照れちゃって。あんたはツンデレさんだなあ。ツンデレッドめ」 「そ、そんなんじゃねーよ!あいつらなんか、うっとーしいだけだからな!」 「まあ、そういう事にしといてやるか…ほら」 開けっ広げな仕草で、勇儀は握手を求めた。レッドはというと、胡乱な目である。 「そんなに嫌うなよ。もう握り砕こうとなんてしないさ」 「…へっ。どうだかな」 悪態をつきながらも、レッドはその手を握り返す。 『見てください、何という美しい光景でしょう!死闘を終えて、互いが健闘を称え合う!今や二人は強敵と書いて <とも>と呼ぶ!さあ皆さん!彼等にもう一度、盛大な拍手を!』 文の音頭取りで、嵐のような拍手が巻き起こる。 二人はそれに向けて手を振りながら、ゆっくりと闘技場を後にしていくのだった。 ―――拍手と歓声を背に退場し、通路に出た瞬間、勇儀は糸が切れたようにその場に膝から崩れ落ちた。 そのまま大の字に寝転がり、ぜーぜーと荒く息をつく。 「ったく。やっぱ無理してやがったのか」 「へへ…こんなみっともない姿、知り合い達にはちょっと見せたくないからね…」 「見栄っ張りな奴だな、テメーも」 しょーがねーな、とボヤきながらもレッドは勇儀を助け起こし、鍛え上げた肢体を背に負う。 「俺もちょっくら殴られたんで、一応医務室に行くからよ。ついでに連れてってやらあ」 「はっ。親切な振りして、あたしのおっぱいの感触を背中で楽しむのが目的なんじゃないのかい?」 「なっ…んなわけあるか!俺のたまにしか見せない善意を何だと思ってやがる!?」 「何、仕方ないさ。あたしもこれで乳にはちょいと自信がある。だからさっきのケンカの最中、あんたがパンチを撃つ そのついでにあたしのおっぱいを触りまくっていた事実も、むしろ誇らしいというものさ」 「ありゃ不可効力だろうが!」 「エロいのは男の罪…それを許すのが女の器」 「じゃかましいわ!その口閉じねーとマジで発禁処分かかるレベルで揉みしだくぞテメー!」 「あはは、これは失礼した。冗談を言うなんて、あたしらしく…というか、鬼らしくないんだけどね」 「あん?何だ、そりゃ」 「鬼は、嘘を吐かないのさ―――だから、冗談もあまり言わない。広い意味じゃ、それも嘘だからね―――まあ、 今はそれが思わず口から出ちまうほど、気分がいいって事で」 そう言って、勇儀は屈託なく笑う。 「いいケンカだった。今のあたしは最高の気分さ、サンレッド」 「フン…褒めたって何も出ねーぞ」 レッドはちょっと照れた様子で鼻を鳴らす。 「こんな俺でも待っててくれる、出来た女がいるんでね。惚れたりすんなよ?」 「ふーん。あんたもスミに置けないもんだ。ま、確かに中々いい男だもんね」 「へ、そうだろ?」 「ああ。あたしがレズじゃなかったら確実に惚れてるレベルだね」 「…おい。それも冗談か?」 「いや、これはガチ」 「…………」 最後の最後で、嫌なカミングアウトを聞いてしまったレッドさんであった。 ―――その頃、観客席では。 「やったぁ~っ!兄者、レッドさんが勝ったよ!」 「ええ…やりましたね」 未だ興奮覚めやらぬコタロウに対し、ジローは感慨深げに微笑む。 「レッドも、星熊勇儀も…本当に、いい闘いでした」 「ふふ…確かに。中々愉快な暇潰しでしたよ。死すべき定めを背負うちっぽけな存在が必死にあがく有様は、実に 見物でした」 「…妖夢さん。傲慢系大ボス的な言動はやめてください。感動が台無しじゃないですか」 「てへっ☆ごめんちゃ~い」 妖夢はウインクしながらペロっと舌を出して自分の頭をコツン☆と叩いた。 ジローさんの中に妖夢への殺意がふつふつと湧き上がったが、それを突き詰めてしまうとこのSSがヴァンプ将軍 の事件簿~幻想郷・半人半霊殺人事件~になってしまうので、彼は自制心を総動員して怒りを抑えた。 最終話で涙ながらに自分の身の上話をして<俺って可哀想アピール>なんてジローさんだってしたくないのだ。 どうでもいいけど、そろそろ<黒幕は地獄の傀儡子でした>パターンはやめた方がいいと思うの、私。 「しかし貴女、一体全体どんなキャラになろうとしてるんですか…」 「いや、何。私の場合はキャラと言動が一貫してブレまくりなのがウリでして。登場作品ごとに性格やしゃべり方 が違うとかザラなんですよ?まあ、私に限ったこっちゃありませんが」 「またしても各方面を敵に回しそうな発言ですね…」 「まあまあ、そんなに突っ掛からなくてもいいじゃないですかジローさん。いやー、それにしても感無量ですよ。 私がレッドさんに求めていたのは、ああいう闘いなんです。必殺技使ってフォームも使って…そういうヒーロー的 なバトルを、何だって我々が相手の時にはやってくれないんですかねー?」 ヴァンプ様の言葉に、誰も答える者はいなかった。 彼を傷つけることなくその場を誤魔化す、上手で優しい嘘がつける人材は、残念ながらいなかったのである。 「こほん。ともかく…確かにとんでもない強さだよな、あのサンレッドってのは。なあ、萃香。お前だって危ない んじゃないか?星熊勇儀って、お前と同格なんだろ」 気を取り直すように魔理沙が咳払いし、萃香に話を振る。 しかし、返答はない。 「あれ?おーい、萃香?」 「…勇儀…」 魔理沙に応じる事なく、どこか放心したように、耐え難い何かを堪えるように、萃香は無二の友の名を呼ぶ。 「まさか…あんたが負けるなんてね…」 「あー…悪い。ショックだったんだ」 「え…ああ、こっちこそすまないね。ぼんやりしてたよ…ええと、そう。そうだね―――力なら、私より勇儀の方 が上さね。それは、疑いようがない」 「へえ。じゃあ、お前じゃサンレッドとやり合ったら勝てないって事?」 「そうは言わないよ」 萃香は、不敵に答える。その自信に満ちた顔立ちには、先程までの弱々しさはまるでない。 「闘いには相性もある。勇儀やサンレッドは、ジャンケンで言うなら間違いなくグーだ。グー同士でぶつかれば、 より強い方が勝つ―――けれど」 「どれだけ強いグーであろうと―――パーには勝てないさ」 よっ、と。 大きく背伸びをして、萃香は歩き出した。 「さーて…私の出番までは、勇儀の見舞いにでも行ってやるか」 <小さな百鬼夜行>伊吹萃香。 彼女は準々決勝にて、サンレッドの前に文字通りの巨大な存在として立ちはだかる事となる。 ―――観客席の別の一角には、三人の少女の姿があった。 「へえ…あれがサンレッドねえ…」 興味があるのかないのか、テンション低く呟いたのは<楽園の素敵な巫女>博麗霊夢。 「あんたが目をかけてるだけあって、確かに相当なもんね―――紫」 「あら、分かるかしら?」 楽しげに笑うのは<境界の妖怪>八雲紫。 相も変わらず、本当に面白がっているのかどうかすら判然としない、胡散臭い笑顔だった。 「中々に楽しいヤツでしょう?見ていて飽きないわ」 「ふむ…私にはどうも、単なるチンピラにしか思えないのですが」 そう言ったのは、紫の傍に控えていた少女。 怜悧な知性を宿す切れ長の瞳が、見る者の印象に強く残る。 抜群のスタイルを誇る肢体を包むのは、東国の導師を思わせる、奇妙な紋様が施されたローブ。 その腰辺りからは、ふさふさとした毛に覆われた九本の尾が飛び出していた。 彼女は<スキマ妖怪の式>八雲藍(やくも・らん)。 正体は金色の九尾狐である藍の、これが人間に変化した姿だ。 「確かに、あの戦闘力は目を瞠るものがありますが…何というか、少々、品がなさすぎるかと」 「藍は真面目ねえ。ああいう野性的な男は嫌いかしら?」 「野性的というか、野蛮なだけではないかと存じ上げます」 「まあ、随分な言い草だこと。霊夢、貴女はどう思うかしら?」 「どうもこうも、特に」 霊夢は肩を竦める。 「ま―――勝ち上がっていけば、いずれ当たる相手でしょ。負けるつもりはないとだけ言っとくわ」 ―――しかし、その対決が実現する事はなかった。 博麗霊夢は準々決勝において、レミリア・スカーレットとの激闘の果て、壮絶に散る事となる。 「―――って、負けるの確定なの!?しかもレミリアのカマセ!?うわ、急激にやる気がなくなってきたわ…」 「はいはい、地の文を読まないの」 「な…納得いかない…私、東方の主人公なのに…」 「哀れだな、博麗の巫女よ…」 「心底同情した目で言うなー!」 「ありきたりなツッコミだな…」 「更に同情を深めるなー!」 「二人とも、そんなコントをやってないで。ほら、次の試合の組み合わせが決まるわよ」 紫の言葉に振り向けば、闘技場には西行寺幽々子が立ち、第二試合対戦者のカードを引く所であった。 『さあ、開幕戦の余韻も静まらぬ中、西行寺幽々子様が第二試合のカードを引く!果たして次は、どんな悪鬼悪霊 が壮絶な闘いを繰り広げるのか!?さあ幽々子様、引いちゃってください!』 「えいっ!」 まずは、一枚。そこに記されていた名は。 「―――風見幽香!」 観客達がどよめく。幻想郷で、風見幽香の名前と恐ろしさを知らぬ者など皆無だ。 どのような残虐な闘いとなるのか、想像すらも憚られる。 「幽香だ!みんな、次は幽香が出るよ!」 そんな空気を読まずに、メディスンがはしゃぎ声を上げる。 魔理沙はメディスンを呆れたように見つめ、溜息をつく。 「お前、ホント幽香が好きだなー…私は正直、あいつの闘いは好かん」 「私も、あんまり見たくないかな」 「確かに…心臓に悪いわね」 アリスとパチュリーも、魔理沙と似たような態度だ。 「えー、何で?」 「何でって…お前だって知ってるだろうが」 不満げに口を尖らせるメディスンに、魔理沙は答える。 「―――えげつなすぎるんだよ、あいつの闘争は」 「もー。それがいいんじゃない!」 「お前、趣味がおかしいよ…」 魔理沙はまたもや、嘆息するのだった。 「さーて…お次は誰かな!?」 そして幽々子が引いた、二枚目のカードは。 「―――蓬莱山輝夜!」 ―――大勢の客でごった返す売店。 「…ふう。どうやら、出番のようね」 藤原妹紅の焼鳥屋台で砂肝を食べていた蓬莱山輝夜は、備え付けのモニターから響く声を合図に、顔をパンパン と叩いて席を立つ。 ちなみに彼女の隣では、上白沢慧音が真っ赤な顔で酔い潰れている。 半端に酔わせるとセクハラ攻撃を行うきもけーねと化すので、妹紅が速攻で一升瓶を口に突っ込んだのだ。 「しかし…風見幽香かよ。大丈夫なのか、輝夜。あのドSが相手じゃ、お前の不死性も逆効果だ。最悪、死ぬ事も 出来ずに試合とは名ばかりの凄惨な拷問を…」 「心配しないで、もこたん」 輝夜は、決意を秘めた眼差しで語る。 「私…この闘いが終わったら、必ずここに戻って来て、またもこたんの焼鳥を食べるわ」 「輝夜…そんな事言うなよ…」 「ふふ…思えばもこたんは、私にとって唯一の対等な友達だったのかもね…」 「おい…急にいい奴っぽくなるなよ…」 後は過去を語り始めたりしたら完璧だった。 「そうね、湿っぽい話はよくないわ。さて…あら?やだ、いけない。靴紐が切れたわ」 「もうよせぇぇぇぇぇっ!」 「もう、何よそんなに大声出して。じゃ、行ってくるわ」 「ああ…なあ、輝夜」 「なあに、もこたん」 妹紅は唇を噛み締め、言った。 「勝たなくてもいい…どうか、無事に戻ってきてくれ…!」 果たして輝夜は、月光のように美しく、儚く微笑み、死闘の場へと旅立っていったのだった。 その後姿を見送りながら、妹紅は思った。 さらば、我が宿敵―――蓬莱山輝夜…と…。 ―――風見幽香VS蓬莱山輝夜。 幻想郷最大トーナメントで行われた全31試合の中でも屈指の名勝負として語り継がれる熱闘の始まりであった。
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トオサンレッド(とおさんれっど) フェニックスの最高指導者。戦闘力不明。本名レジェンダ。 大のティーガーズファンで、ティーガーズを優勝させようと八百長行為を行おうとしてたが失敗。
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とある小さな公園にて。 「うわーん、やめてよじん君!耳が取れちゃうよー!」 ちょっと意地悪そうな男の子が、ぬいぐるみっぽい何かの耳を引っ張っていた。 その名はウサコッツ。可愛らしい見かけは世を欺く卑劣な策略。本性は邪悪なる悪の手先・フロシャイムの一員だ。 しかし彼は悲しいかな、子供に危害は加えることが出来ないように設計されて造られているのだ。子供の誘拐が主な 任務であるが故、人質にした子供に万一のことがあってはならないからである。 そんな彼の元に、救世主は現れた。 「こら、よしなさい。弱い者いじめなんてしちゃダメでしょ?」 まだ幼さを残す声。そこにいたのは、妖精のように可憐な一人の少女だった。 ―――いささか緊迫感に欠ける、ウサギと少女の馴れ初めであった。 天体戦士サンレッド ~友情秘話!?ウサギと少女と真っ赤なヒーロー 「じん君はいじめっ子でねー。いっつもぼくやぼくの友達をいじめるんだ。ひっどいよねー」 フロシャイム川崎支部所属・ウサギのぬいぐるみ型怪人ウサコッツはプリプリ怒りながら少女に熱弁を振るう。 「政治家もさ、こういうところから考えていかないとダメだと思うんだ。郵政民営化とか定額給付金もいいけどさ。 そう思うでしょ、えっと…」 「テレサ・テスタロッサよ。テッサでいいわ」 「へー、テッサちゃんかー。外国人だね、かっこいい!あ、ぼくはウサコッツだよ」 「ふふ、可愛いお名前ね、ウサちゃん」 「もー、バカにして!ぼくはぜんぜん可愛くなんてないよっ!」 ぶんぶん腕を振り回す姿は、どこをどう見ても可愛かった。少女―――テッサの胸をズキューンと貫くくらいに。 「でもテッサちゃん、初めて見る顔だよね。どっか遠い所に住んでるの?」 「え?そ、そうね。遠いと言えば遠いかしら…」 「じゃあ、今日はお休みだから遊びに来たとか?」 「ええ…気分転換に、ちょっと遠出してみようかなって。ウサちゃんは近くに住んでるの?」 「うん。この近くにアジトがあるんだ。世界征服を企む悪の組織・フロシャイム。ぼくはその一員なの!」 「世界征服…悪の組織…!?その一員って…どんな悪いことをしてるの?」 テッサは息を呑んで居住いを正し、目つきを少し鋭くした。 ―――知ってる人は知っていようが、彼女はとある<正義の組織>において、重要な地位にいる。 眼前にいるのが如何に見かけはファンシーなぬいぐるみでも、本当に悪事に手を染めているのならば、決して容赦は しない。彼女の立場と責任感が、悪を見逃すことなど許しはしないのだ。 「えーっとねえ…空き缶入れに、使い古しのフライパンを捨てようとしたことがあるよ!それから、人ん家の蛇口の 元栓を固く締めちゃったこともあるかな」 「…………」 「あ、そうだ!後輩のアントキラーっていうアリジゴク怪人は停めてあった自転車を勝手に持っていったし、ギョウ って奴はね、合コンで失敗した腹いせに自転車を蹴り飛ばしてお巡りさんに注意されたくらいの悪党だよ!」 「…………」 テッサは思いっきり脱力した。確かにどれもこれも悪事には違いないが、<悪の組織>がやるレベルではない。街に よくいる<素行不良のおにーちゃん>レベルだ。 「そうだ!忘れちゃいけない!ヒーローの抹殺だって企んでるんだよ!」 「ヒーロー…?」 「そう。天体戦士サンレッドって奴でね―――」 「お?なんだなんだ、ヴァンプのとこのウサ公じゃねーか。女の子なんか連れちゃって、生意気にデートか?」 噂をすればなんとやら―――溝ノ口発の真っ赤なヒーロー・サンレッドの登場である。 「あ!あいつだよ、テッサちゃん!あいつがサンレッド!」 「あれが…」 テッサはマジマジとその姿を見つめる。頭部はなるほど、ヒーローらしく真っ赤なヘルメットを被っているが、他は <アニメ第二期決定>と文字の入ったTシャツに半ズボン、サンダル履きというだらしない格好だ。 テッサの中の<正義のヒーロー像>が、ガラガラと崩れていくには十分過ぎる。そんな彼女を尻目に、ウサコッツは レッドに駆け寄り、飛び掛る。 「レッド、今日こそぶっ殺すよー!」 拳から飛び出した鋭利な爪―――ウサコッツ必殺のデーモンクロー。鋼鉄さえも易々と断ち切る爪はしかし届かず、 ウサコッツは耳を捕まれて宙釣りにされた。 「お前な…毎回毎回、やめろって。そろそろ無駄だって悟れよ…」 「うっうるさいやい!レッドのバーカ!甲斐性なし!ヒモ!かよ子さんに捨てられちゃえ!」 「…………」 レッドは無言でウサコッツをぶん回す。ウサコッツは世にも哀れな悲鳴を上げた。 「ちょ、ちょっと!やりすぎですよ、あなた!」 「あん?何だよ、えーっと…」 「テッサです。それよりウサちゃんを離してあげてください!そこまですることないでしょう!」 「…命狙われたんだけど、俺…」 毒気を抜かれつつ、レッドはウサコッツを離した。グルグル目を回しながらも、ウサコッツはどうにか立ち上がる。 「うう…綿がひっくり返るかと思ったよ…」 「自業自得だろうが…全く」 やれやれとばかりに鼻を鳴らすレッド。テッサはウサコッツを介抱しつつ、レッドに尋ねた。 「えっと…レッドさん?あなたの目から見て、フロシャイムとはどういう組織ですか?」 「あー?どういうって…失格だよ失格!悪の組織として!」 レッドはぶっきらぼうに言い放つ。 「近所付き合いは欠かさない。ペットボトルは洗って捨てる。秋の味覚はお裾分けしてくれるわ、世のため人のため になることはするわ―――もう悪の組織よりボランティアクラブでもやってろっての!こんなんじゃ世界征服なんざ 百年経ってもできねーよ!」 「でも、あなたの命を狙ってるんですよね?」 「そうは言うけどな、こいつら<Tシャツ>の俺にいつもボロ負けしてんだぞ?バトルスーツ着せることもできねー んだぞ?はっきり言うけどダメダメだよ!何が何でも俺を殺したいって<熱意>がさっぱり感じられねーんだよ!」 少しは自覚もあったのだろう、ウサコッツは項垂れてションボリしている。レッドも多少は気が咎めたのか、バツが 悪そうに顔を背けた。 「わりーけど、本音だよ…えっと、フグ刺しちゃんだっけ?」 「テッサです」 「…あんたからも忠告しといてやれよ。悪の組織なんてやめろって。それじゃあな」 レッドは公園から去っていく。あとには春には似つかわしくない寒々しい風と、立ち尽す一人と一匹が残された。 「ねえ…ウサちゃん。あの赤い人の言う通りだわ。あなた、悪の組織なんてやめなさい」 テッサは真摯な面持ちで語った。 「あなたに悪党なんて、どう考えても向いてません。もっと自分に合った生き方が、きっとあるはずです」 「テッサちゃん…」 「小学生にいじめられて、悪事もロクにしない。相手にしてくれるのは、正義のヒーローとは名ばかりのチンピ… コホン、ちょっとガラの悪い赤い人だけ。そんなんじゃ、世界征服なんて夢のまた夢じゃない。いえ、そもそもがそんな 恐ろしいことを夢見ちゃいけません」 「…………」 ウサコッツは、黙ってそれを聞いていた。 「私もできることなら協力するから。ウサちゃんには悪の道よりも、陽の当たる世界で生きてほしいの…」 「…ありがとう、テッサちゃん。心配してくれて」 でも、それはダメだよ。ウサコッツは迷いも屈託もなく答えた。 「ぼくはこれでも極悪非道の怪人なんだ。今さらまっとうな生き方なんてできないよ」 「ウサちゃん…あなたは裏の世界の本当の恐ろしさを知りません。さっきの赤い人みたいな、敵対しつつも適度に 馴れ合って手加減してくれるような正義の味方ばかりじゃないわ。圧倒的な兵力と科学力を以て容赦なく悪を挫く… そんな正義の組織に目を付けられたら、どうするの?工作員を送り込まれ、組織は壊滅。あなただって無事では…」 「望むところだよ!」 ウサコッツは夢と希望に満ちた笑顔(彼には表情というものはないが、テッサにはそう見えた)を浮かべる。 「ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、 大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!」 「…………」 「うわー、何だかその気になってきちゃった!早く来ないかなー、正義の工作員!楽しみだな~!」 「…そうね」 テッサは、少し寂しげにウサコッツに笑いかける。 「来てくれるといいですね、正義の組織からの工作員」 それはまるで、無邪気にサンタを信じる子供と、そんなものはいないと理解してしまった大人のようだった。 「あ、もうこんな時間だ。ぼく、そろそろ帰らなきゃ」 「あら、ほんと…随分話し込んじゃいましたね」 ウサコッツはすたすた公園の出口へと駆けていき、そこで名残惜しそうに振り返った。 「ねえ、テッサちゃん。また会えるかな?」 「そうね…またお休みが取れたら、きっとここに来るわ」 「うん、きっとだよ!じゃーね、テッサちゃん!バイバイ!」 手をふりふり、ウサコッツは夕暮れの道をポテポテと歩いていく。その姿が消えるまで、テッサも手を振り返していた。 「…ふう」 そして溜息とともに、テッサは携帯電話を取り出した。彼女だって携帯電話は持ってますよ…一般のものとは比較に ならないほど高性能の携帯電話をね…。 テッサはそれを握り締めて、しばし逡巡する。脳裏を駆け巡るのは<職権乱用><本末転倒><公私混同>といった 四字熟語の羅列。そして、ウサコッツの笑顔だった。 (ぼくは立派な悪の化身としてフロシャイムを盛り立てていくんだ。正義の組織が工作員を送り込んでくるんなら、 大歓迎だよ。そんくらいの方が<ハク>が付くじゃん!逆に返り討ちにしてやろうってもんだよ!) 「…くっ!」 そうは言っても、どう考えても彼女の所属する<組織>が、フロシャイムへの派兵を認めるとは思えない。それ以前 に、鼻にも引っかけない可能性の方が高いだろう。 <組織>はヒーローごっこをやっているわけではない。もっと対処すべき巨悪は、たくさんあるのだ。 そんなこと、テッサは分かりすぎるくらいに分かっている―――それでも。 それでも、ウサコッツの笑顔を心の中から消すことはできなかった。 今から自分の為そうとしていることが、恐ろしい程の背信行為であることも理解している。 普段の彼女なら思い浮かべることすらない、悪徳。 絶対に選ぶはずのない、裏切り。 ―――ある意味で、彼女は完膚なきまでに敗れ去っていたのだ。ウサコッツの、桁外れの愛くるしさの前に。 震える指でボタンを押した。程無くして、繋がる。 「…サガラさんですか?」 「!た…大佐殿!?一体どうしたのですか!大佐殿が自ら連絡してくるなど…」 「単刀直入に言います。相良宗介軍曹―――あなたに、ある任務に就いてもらいたいのです…」 「任務…ですか?」 「はい。実は私、偶然ですがある悪の組織と接触したんです」 「な!?ま、まさか拉致監禁された挙句、過酷な拷問を…!?」 「されてません!…何と言いましょうか、彼らは巧妙に偽装し、世間的にはまるで単なる慈善団体であるかのように 振る舞っているのです。しかし…私は彼らの中に、恐るべき<悪>の匂いを嗅ぎ取りました」 「悪の匂いを…!」 電話越しでも、彼の戦慄が伝わってくる。テッサはあまりの罪悪感に頭痛と眩暈がしてきた。 「しかし、現時点ではあくまでも<匂い>だけなんです。彼らは完璧な工作によって、証拠は一切残していません… これでは<ミスリル>としても動きようがないのです」 「くっ…バカな!確かな悪がそこにありながら、身動きが取れないと仰るのですか!?」 「その通りです―――そこでサガラさん。あなたにその組織に潜入してもらいたいのです」 「潜入…即ち、<ミスリル>が動くに足るだけの証拠を押さえてくればよいのですね。了解しました。必ずや大佐殿 の期待に応えてみせます!」 その声は真剣そのものだ。テッサは自身への嫌悪感で腹痛と吐き気を覚えた。 「あ…あの、あくまでも私の予感でしかないのですし、あなたにも本来の任務があることですし、そこまで気負って もらわずとも…本当に、任務というよりは私の個人的なお願いくらいに考えて、空き時間を利用してのちょっとした 様子見程度でいいので…」 「いいえ!やるからには誠心誠意、決死の覚悟で任に当たらせていただきます!」 「…あ…ありがとう…では、詳細は後ほど…」 テッサは電話を切り、深く、ふかーーーく溜息をついた。自分は悪魔に魂を売ってしまったのだ…。しかもこれだけ の悪徳を為したところで、これが本当にウサコッツのためになるのかどうかさえ分からない。今考えると、もっと他に いい方法はなかったものかと思える。 だが…もう、自分はやってしまったのだ。改めて己の罪の重さを自覚し、少女は泣いた。 断っておくが、本来のテッサは間違ってもこのような愚行に手を染めるような人物ではない―――だが。 そんな彼女から判断力と冷静さとモラルを完全に失わせて、こんなことをやらせてしまうのがウサコッツ自身ですら 気付いていない、恐るべき能力…。即ち―――<可愛いは正義>である! ―――そして、別の日。 「へー。この公園でそんなことがあったんだ」 「うん。とってもいい子だったんだよ」 「ソイツ スキ」 ウサコッツはアニマルソルジャーの面々と共に、公園を訪れていた。そこに。 「こんにちは、ウサちゃん」 「あ…こんにちは、テッサちゃん!」 三つ編みにした髪を風に靡かせ、ウサコッツ達に向けて笑いかけるテッサの元に、アニソルの面々が駆け寄る。 「この子?こないだここで会ったのって」 「そーだよ、ねこ君。テッサちゃんだよ」 「はじめまして。皆、ウサちゃんのお友達?」 「うん。デビルねこにPちゃん、それにヘルウルフだよ」 「よろしくね!」 「オマエ スキ」 無口なPちゃんは何も喋らないが、翼をパタパタさせて挨拶する。 「ふふ、皆よろしく…ところでね、ウサちゃん。ちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?」 「お願い?」 「実はね。あなた達の組織に入りたいって子を紹介したいんだけど…」 「え!ホントに!?」 「すごいや、ウサちゃん!ねえねえ、どんな子なの?」 はしゃぎ回る可愛い奴らに頬を緩めつつ、テッサは公園の茂みに向けて声をかけた。 「出ておいで、ボン太くん!」 「ふもっふー!」 草むらから飛び出したモフモフした謎のナマモノは、元気よく鳴き声をあげて愛想を振りまくのであった。 ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である!
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―――フロシャイム川崎支部。その一室に、奇妙な機械が置かれていた。 「本部が新たに開発した装置…これを作動することにより、異世界の恐るべき魔獣を召喚できるという…」 我らが将軍ヴァンプ様は、厳かに語る。 「私はサンレッド抹殺のため、早速この装置を起動してみた…しかし…」 一気に口調が情けないものに変わるヴァンプ様。 「…どうしよう。明らかに失敗しちゃったよ、これ…」 「まずいっすよ、ヴァンプ様。これは…」 「どう見ても魔獣じゃねーもんなー…」 周りで見守っていた川崎支部所属怪人・メダリオとカーメンマンも困惑するばかりだ。 はてさて、装置によって召喚されたのは。 「あ、あのー…ここ、どこ?おじさん達、誰?」 「ば…化け物!?なんだよお前ら!?」 6歳か7歳くらいの、可愛らしい女の子と、いかにも捻くれ者といった男の子であった。 天体戦士サンレッド ~召喚!異世界よりの使者(前編) ―――突然の事に戸惑っている二人をヴァンプ様はどうにか宥めて、居間へと場所を移す。 「ほら。二人とも温かいココアでも飲んで」 「うん、ありがとう」 「…フン」 女の子は素直にココアに口を付けたが、男の子は警戒しているのかコップに触ろうともしない。 「えーと…ごめんね、こんな所に連れて来て。キミ達、名前は?」 「ファラだよ。こっちはディラン」 「こんな人さらい共に名前を教えるなよ、ファラ!」 ディランと呼ばれた男の子が、嫌悪を隠そうともせずに怒鳴る。 「でも、悪い人じゃなさそうだよ?」 「悪いかどうか以前に人でさえないじゃないか、こいつら!」 その様子に、メダリオとカーメンマンは眉を顰める。 「ファラちゃんはいい子だけど…あいつはカンジ悪いなー…」 「俺らの事、露骨に化け物扱いしてるみたいだしな」 「ほらほら、そんな事言っちゃダメ。今回の事は私達が全面的に悪いんだから、ね?」 ヴァンプ様はそう言って、二人に向き直る。 「質問ばかりで申し訳ないけど、ファラちゃんとディランくんは何処から来たのかな?」 「なんだよ、それ。そっちが連れて来たんじゃないか。さっさとボクらを元の場所に戻せよ!」 「うん…もう一度装置を起動すれば、ちゃんとキミ達を元の世界へ戻す機能もあるからそれは大丈夫。でも、さっき 起動したからエネルギーを使い切っちゃって、充電に一週間くらいかかっちゃうの。だから悪いんだけど、その間は ここにいてもらうしかないから、それならお互いの事をよく知っておいた方がいいかなって思ったの、私」 ヴァンプ様は困った顔でディランに言い聞かせるが、ディランは口をへの字に曲げて顔を背けた。ファラはそんな彼 を困った顔で見つめて、ヴァンプに向けて頭を下げた。 「ごめんね、ヴァンプさん。ディランもきっと、知らない場所で不安なだけだから、許してあげて」 「ううん、いいんだよ、ファラちゃん。何度も言うけど、悪いのは私達なんだから。それじゃあ、二人の事を教えて くれるかな?」 「うん。ファラとディランはね<ルーンハイム>って所から来たの―――」 ―――彼女の話を総合するとこうである。 二人がやって来た世界の名は<ルーンハイム>。 人間と、そして<ランカスタ>と呼ばれる、翼を持つ民が住まう世界。 そこには、勢力を二分する二つの大国がある。 ランカスタを<亜人>と蔑み弾圧するデルティアナ帝国と、ランカスタと共存するセレスティア王国。 二つの国は激しい戦争を繰り広げていたが、やがて戦いに疲れ、ついにどちらともなく休戦が提案された。 その条件として、帝国と王国は、互いの皇子と王子を人質としてそれぞれ身柄を預けた。 人質がある限り、お互いにお互いの国に攻め込む事はできない―――そういう理屈だ。 そして、帝国から差し出された皇子こそが、ディラン。 王国から差し出された人質である王子、その妹こそがファラ。 そして今、その二人は神奈川県川崎市溝ノ口・フロシャイムアジトへとやってきた――― 「…つまり、ファラちゃんは王国の王女様で、ディランくんは帝国からやってきた皇子様ってわけだね?」 「うん、そうだよ」 「へー。ファラちゃんはお姫様なのか。どーりで可愛らしいわけだ」 「可愛い子は頭ナデナデの刑だー!」 「えへへ…ありがと」 メダリオとカーメンマンがファラの頭を優しく撫でる。ファラは照れ臭そうに笑った。 「それで、こっちのガキが帝国の皇子様?はー、こんなんが後継ぎじゃ未来はねーなー」 「うるさいぞ、化け物!」 あからさまにバカにしたカーメンマンの言葉に、ディランが噛みつく。 「はん。言ってくれるじゃねーかよ。そういやお前の故郷の帝国ってーのは、ランカスタとかいう連中を差別してる んだよな?おまけにお前は皇子様だから、差別主義と選民思想が生まれながらに刷り込まれてるってわけか」 「はは、こりゃーわるーござんした。高貴な皇子様に、わたくし共みたいなバケモンが気安く話しかけたりしちゃー いけなかったんすねー」 「くっ…お前ら、ボクをバカにしてるのか!?」 「バカにしてるのかじゃねーよ、バカにしてんだよ。言われなきゃ分からねーなんて、ほんっとバカだな、お前」 すっかりケンカ腰のメダリオとカーメンマン、そしてディラン。 「ディラン…怪人さん達と、ケンカしちゃダメだよ」 「ファラには関係ないだろ。黙ってろよ!」 見かねて止めに入ったファラに対してもこの態度だ。静観していたヴァンプ様がとうとう彼らの間に割って入る。 「ちょ、ちょっと待ちなさいってばディランくん…メダリオとカーメンマンも、そこまで言わなくてもいいでしょ。ほら、 皆とりあえず落ち着いて…」 「うるさい!」 ヴァンプ様が差し伸べた手を、ディランは乱暴に跳ね除けた。 「ディランくん…」 「ボクに触るな!薄汚いんだよ、この―――化け物!」 「―――あんたさあ。さっきから聞いてりゃ、好き放題言ってくれるじゃないの」 突如響いた声に、誰もがぎょっとする。するすると、何者かが天井の隙間から顔を出した。 それは蛇のような形状の、得体の知れない生物だった。ニョロニョロと不気味に身体をくねらせ、無数の目を爛々と ギラつかせる、まさしく悪夢を具現化したかのような有り様。 奴の名は、誰も知らない。いつの間にか天井に棲み付いていたという事実を以て、ただこう呼ばれている――― <天井>と!(まんまじゃねーか) 「な…お前、誰だよ…てゆうか、何なんだよ…」 「私の事はどうでもいいでしょ。それよりあんた、人を化け物化け物って連呼して、何様のつもり?」 「な、何だと…」 「私に言わせれば、本当に化け物なのはヴァンプさんや怪人じゃない。あんた達の世界にいるランカスタって人達? それも違うわね」 「じゃあ、誰だよ?」 「あんたよ」 「なっ…!」 思わぬ言葉に、ディランは絶句する。 「自分と違う姿だからって、他人を平気で化け物扱いする、あんたのその性根の方がよっぽど化け物だって言ってる のよ、私は!」 「…なんで…」 ディランの顔は、屈辱と怒りで赤くなっていた。 「なんで、そんな事言われなきゃいけないんだ…だってお前ら、化け物じゃないか!」 「そうよ、確かに人間じゃないわ。化け物と言われたら、そうかもしれない」 天井は、平然と言った。 「それで、見かけが化け物だからどうなの?どうしてそれが、あんたが私達を蔑む理由になるの?ねえ、教えてよ」 「う…うるさい、化け物!ボクは絶対にお前らなんかと仲良くしないからな!」 ディランは立ち上がり、居間から飛び出してしまう。玄関のドアが乱暴に開けられる音で、外に出ていったのだけは 分かった。 「あ、待ってよディラン!」 その後を追い、ファラも走り出した。残されたヴァンプ様達は、突然の事態にオロオロするばかりだ。 「…探しにいってやりなさい、ヴァンプさん」 そんな中で、天井は静かに言った。 「あの子は心細いだけなのよ。だから、必死に強がってるの…弱い自分を見せたくないから」 「天井さん…うん、私もそう思うよ。あの子は人質にされて、親や故郷から捨てられたって思ったんじゃないかな。 その上に今は何処とも知れない世界に来ちゃって。だから、あんなに心を閉ざして…」 「あの子については、ヴァンプさんが責任を持たなきゃいけない立場でしょ。そうでなくても、ヒネた子供を見守る のも大人の役目よ」 「…そうですね。探しに行こう、皆!」 「ま、しょーがないっすね。やなガキだけど、何かあったら流石に目覚め悪いですし」 「ファラちゃんの事も心配ですしね」 「よし、じゃあ天井さんも一緒に…」 ―――天井は既に引っ込んでいた。説教好きだが、面倒くさいことはしない。 それが川崎支部の居候・謎の生命体<天井>である。ちなみに、家賃は払っていない。 何処を走ったものか、ディランは公園のベンチで一人寂しく座っていた。 「…くそっ…」 思い返すのは、天井から投げかけられた言葉。 ―――見かけが化け物だからどうなの?どうしてそれが、あんたが私達を蔑む理由になるの? それに対し、何も答えられなかった。 「…なんでって…そりゃ…」 そして今、出した答えは。 「…理由なんか…ない…」 ―――他人を平気で化け物扱いする、あんたのその性根の方がよっぽど化け物だって言ってるのよ、私は! 「違う…ボクは、化け物じゃ、ない…」 だけど…自分をはじめとする、帝国の者達が亜人と呼んで蔑んできたランカスタはどうだ。 彼らだって、亜人なんて呼ばれ方はされたくなかったんじゃないか? この世界で出会った怪人は?化け物なんて言われて、いい気分はしなかったに違いない。 そう―――今の自分と同じ気分を、きっと味わってきた。 自分が、味わわせた。 「でも…今更、どうしろっていうんだ…」 「今からでも、皆と仲良くすればいいよ」 顔を上げると、そこにはファラが立っていた。息を切らし、肩を上下させながらも、彼女は優しく笑う。 「ファラ…」 「まだ、遅くなんてないよ。ヴァンプさんや怪人さんにごめんなさいしよう。ね?」 「…………」 「ね?ディラン…」 本当は、嬉しかった。自分みたいな奴を、必死に追いかけてくれた。心配してくれた。 「うるさい!ボクの事なんかほっとけよ!」 「…!」 だけど、出てきたのは拒絶の言葉。 「お前だってボクの事なんかホントはどうでもいいんだろ!?優しいフリしてボクを憐れんで、いい気分だろうな」 「ディラン…」 「もう、ボクに構うな…どっか行っちゃえよ」 「う…」 すぐさま、後悔した。ファラの大きな瞳に、見る見る内に大粒の涙が溜まっていく。 「う…う…」 悔やんだ所で、吐き捨てた言葉は戻らない。涙が今にも零れ落ちそうになったその時。 「コラーっ!女の子を泣かせたら、いけないんだぞーっ!」 やたら勢いのいい声。ビックリして公園の入り口に向き直ると、そこにいたのは金髪碧眼の美少年――― 彼は人ならざる鋭い牙を剥き出しにして吼える! 「ぼくの名は望月コタロウ!誇り高き吸血鬼の一員にして、この川崎市を守るヒーロー・天体戦士サンレッドの一番 弟子さ!ぼくの目が黒いうちは、女の子をいじめるような奴は許さないからねっ!」 皆様は覚えていらっしゃるだろうか?かつてレッドさんにヒーローになりたいとせがんだ、あの吸血鬼少年である。 なお、レッドさんが彼を弟子にしたという事実はないので悪しからず。 「お前の目、蒼いじゃんか…つーか、吸血鬼が真っ昼間の公園で何やってんだよ…」 吸血鬼であること自体には、もうツッコミを入れる気分にもならなかったようだ。 「そういう細かい事はいいから!とにかく、女の子を泣かせるなんてダメなの!ほら、ちゃんと謝って!」 「…ごめん、ファラ」 「ううん…いいよ、ディラン」 涙を拭いて、また笑顔を見せた。 (こいつは、いつもこうだ…ボクがどれだけ冷たくしても、すぐにまた、笑う) その度に、ディランは戸惑いを覚える。もどかしいようなくすぐったいような、そんな気分。 コタロウはそんな二人を見て、満足げに笑う。 「よーし、今日もぼくは公園の平和を守ったのでした。これでレッドさんにまた一歩近づいたぞ!」 「…レッドさんって、誰だよ」 「さっきも言ったでしょ?この川崎市に住んでるヒーロー・天体戦士サンレッドだよ。どんな奴にも負けない、無敵 のヒーローさ」 コタロウはまるで自分の事のように威張って言う。 「ところでキミ達、見ない顔だけど…遠くの方から来たの?」 「うん。ファラとディランは、さっきルーンハイムから来たの」 「へえー。聞いたことないけど、外国だね?かっこいいなー」 コタロウはにこにこ笑う。対照的にディランは、鬱陶しそうに手を振った。 「ケンカの仲裁に来ただけなら、帰れよ…ボクらにもう用はないだろ」 「えー?そんな事言わないでよ。せっかくこうして出会えたのも何かの縁だよ。ね、ぼくと一緒に遊ぼう」 「…お前、実はただ単に遊び相手を探してただけだろ」 「うっ…!そ、そんなことはない事もない事もない事もない!」 図星のようである。ファラはくすくす笑って、コタロウの手を引いた。 「うん、いいよ。ファラ、コタロウくんと一緒に遊ぶ!」 そして、もう片方の手をディランに差し出す。 「ディランも、一緒に遊ぼう?」 「…ボクはいい。お前らだけでやってろよ」 「むー。愛想のないなあ…しょうがない。ファラちゃん、あっちでボール遊びしよう」 「うん!」 二人はボールを投げ合ったり蹴ったり、楽しそうに遊び始める。ディランはそれから目を逸らした。 (フン…別に、混ざりたくなんかないね!) 「あー、ファラちゃん!そんなに強く蹴っちゃダメだよ!」 (それにあのコタロウって奴は、吸血鬼だろ?そんな奴と一緒に遊べるか!) 「コタロウくん、いっくよー!それ!」 (あ、遊びたくなんか…) ついつい目をやってしまう―――二人と、目が合った。ニコニコしながら、二人が近づいてくる。 「あー、楽しいけど、三人ならもっと楽しいだろうな!誰かもう一人、遊びたい子はいないかなー!」 「あれ?そこのベンチにいる男の子、混ざりたいんじゃないかなー?どうかなー?」 「…………」 ディランはベンチから立ち上がった。 「か、勘違いするなよ!お前らがボクに一緒に遊んでほしそうだから、仕方なく相手してやるだけなんだからな!」 コタロウとファラは<うんうん、分かってるよ>と言いたげな実に優しい笑顔でディランにボールを渡す。 「くそっ…それっ!」 思いっきりボールを蹴ると、公園の外にまで出て行ってしまった。 「あ、もう!強く蹴りすぎだよ、ディラン!」 ファラがボールを追いかけて、外へと飛び出す―――と、いかにもガラの悪い二人組の不良とぶつかってしまう。 「あ?なんだ、このガキ」 「いってーな。こりゃ、足が折れちまっただろうが。ああ?」 「え…えと…ご、ごめんなさ…」 「ごめんですむかよ、オラ!」 「親呼んで来い、親!慰謝料だよ、いしゃりょう!」 「あ…あう…あの…」 見た目通りに頭の悪い言いがかりだが、ファラはすっかり怯えきっていた。ディランとコタロウは顔を見合わせると、 迷う事なく不良の前に立ち塞がった。 「お前ら、ファラから離れろ!」 「公園の平和を乱す奴は、ぼくがぶん殴ってやるー!」 「はあ?なんだよ、お前ら」 「お姫様を守るナイトって奴か?ははは、かっこいいな、おい」 不良コンビはニヤニヤ笑いながら、あっさりと二人を蹴り飛ばした。コタロウは鼻をいささか強く打ちつけて悶絶し、 ディランは派手に地面に転がり、膝を酷く擦りむいてしまう。 「でぃ、ディラン!コタロウくん!」 ファラは慌てて二人に駆け寄るが、二人とも痛みで声も出ない。 「うわ、よええ~」 「ガキがいいとこ見せようとするからこうなんだよ、ぎゃはは…」 「―――お前ら、弱い者いじめがそんなに楽しいかよ。おい」 「あん!?」 「なんだ、テメエはよ。ああ!?」 不良が振り向くと、そこにいたのは説明不要。 「レ…レッドさん…!」 コタロウが、まさに救世主の名を呼ぶように呟く。 そう、赤いマスクのチンピラヒーロー・我らがサンレッドである。そして今日のTシャツは<召喚騎士>だ。 そのヒーローらしからぬいでたちが、今はとてつもなく頼もしい。 「おいおい、お兄さん。かっこつけちゃって、何様よ?」 「そんなマスク被って正義のヒーローにでもなったつもり?ひゃはははは」 「ほー。よく分かったな」 レッドさんはブロック塀に向けて、軽く、本当にかるーく、拳を突き出す。 ただそれだけで、まるでバズーカ砲の直撃を受けたかのように硬いブロック塀が粉々に吹っ飛んだ。 「は…………」 不良の下品な笑いが一瞬にして凍りつく。目の前にいるのがモノホンのヒーローだとようやく気付いたのだ。 「す、すっげー…!」 捻くれ者のディランですら、圧倒的な力を前にして、純粋な憧れに目を輝かせた。 「かっこいー…」 「さっすがー!やっぱりレッドさんは強いや!」 ファラとコタロウが素直にレッドさんを称賛する。 レッドさんも満更でもないようで(普段誰かから褒められることなどないのである)いつも以上にヘラヘラしながら 不良に向かってバキバキ指を鳴らす。基本的にこの漢(おとこ)、機嫌がいい時ほど悪ノリするからタチが悪い。 「ほら、来いよオラァ!俺の拳がおかしくなるまでボコってやるからよぉ(笑)!」 目が完全にマジである。不良は生まれて初めて眼前に現れた死の恐怖を前に、迷うことなく逃走を選んだ。 「ひいいいい!マジパネぇぇぇぇ!」 「やべえよおい!こいつマジやべェェェェェェ!」 脱兎の如く駆けていく不良を尻目に鼻を鳴らしながら、レッドは子供達に顔を向けた。 「お前ら、大丈夫だったか?」 「うん…ありがとう」 ファラはぺこりと頭を下げるが、ディランは不貞腐れたように顔を背けた。 「…ふ、フン!あんな奴ら、ボクがこれからやっつけるとこだったんだからな。大きなお世話だ!」 「可愛げのねーガキだな、こいつ…つーかコタロウ、お前子供とはいえ吸血鬼だろ?頑丈さとか腕力とか、並の 人間よりかよっぽど強いはずだろ。あの程度の不良くらい、あっさり倒せよ」 「い、いやあ…ぼくの場合、運動神経に問題があるというか…」 コタロウは痛めて赤くなった鼻を押さえつつも、不良が逃げ去った方向を恨みがましく見つめる。 「それよりレッドさん。あいつら、一発くらい殴ってやればよかったのに」 「へっ、よせよせ。あんなボンクラ相手に本気なんか出しちゃ、ヒーローの名が泣くよ」 いつになく鷹揚なレッドさんである。連載開始以来初めてヒーロー的な活躍をしたので、調子をこいているのだ。 「…嘘つけ。明らかにあいつらをボコる気満々だったじゃないか…いててっ…」 「あ…ディラン。大丈夫?」 「一々心配すんな。擦りむいただけだよ、くっ…」 ディランは強がっていたが、傷は随分深いようで、見た目にも痛々しい。 「おい、下手に動くんじゃねーよ。随分派手に血が出てんじゃねーか」 その様子を覗き込んだレッドは、そう言って嘆息する。 「仕方ねーな。とりあえず俺んちが近いから、そこで手当してやるよ」 ―――正確にはレッドさんの家ではなく、レッドさんの彼女であるかよ子さんの家である。 まあそれは、言わぬが花というものだろう。 そんな訳で次回本邦初公開、レッドさんの彼女、かよ子さんの登場である。
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「おい、ヴァンプ。何してんだよ」 悪の組織フロシャイム・川崎支部。そのアジトへメシをたかりにやって来た正義のヒーロー・天体戦士サンレッドは、 居間で佇むヴァンプ将軍を訝しげに問いただす。 「あ、レッドさんじゃないですか。いやね、押入れを掃除してたら、こんなのが出てきたもので」 ヴァンプ様は、一冊のアルバムを手にしていた。 「私の高校時代のなんですけど、懐かしくてついつい見入っちゃいました」 「ほー、お前の高校時代ね…なんか、想像できねーなー。ちょっと貸してみろよ」 「はい、どうぞ」 パラパラとページを捲り、レッドはブハっと吹き出す。 「おいおい、お前ってば本当に学生服着ちゃってるじゃねーか!ブレザーだし、ネクタイだし!」 「そりゃー私だって高校生だったんです。学生服くらい着ますよ」 「けど、今のお前を知ってる俺からすれば違和感がすげーよ…」 「ははは。おっ、この二人は私の親友だった匠と純です。懐かしいなー、今頃何してるんだろ…」 「ふーん。しかしお前、男友達はこいつらしかいなかったのかよ。他の男の写真が全然ねーぞ…いや、一枚はある けど誰だよ、この江○島平八のパチモンみてーなジジイは」 「あ、校長です。ちなみに男友達はこの二人だけでした」 「どんな高校だよ!つーか結局友達ほとんどいなかったのな!」 「いやー、あの頃の私は友達は少ないくらいの方がカッコイイなんて思ってまして…若気の至りですよ」 ヴァンプ様は遠い目で、己の過去を見つめていた。 「ほんと、あの頃の私はガムシャラでしたね…修学旅行の沖縄で巨大ハブと死闘を演じたり、街を支配する番長達 と拳で語り合ったり…」 「嘘くせーな、おい」 「ほんとですって」 「ま、どーでもいいよ、そんなん…おっ。何だよ、この女の子は。やたらお前と一緒に写ってるけど、まさか彼女か? すっげー可愛いじゃねーか。お前もスミに置けねーなー、このこの」 「あ…」 ヴァンプ様は一瞬、言葉に詰まる。 「おいおい、急に暗い顔すんなよ…もしかして悪い事訊いちまったか?」 「いえ…そんな事ないですよ」 コホン、と咳払いするヴァンプ様。その目は、写真の中の少女に釘付けになっていた。 ショートカットがよく似合う、太陽のように眩しい笑顔を浮かべた少女。 「この子は、私の幼馴染だったんです…小さい頃から、ずっと一緒でした。けど…」 「けど、何だよ。フラれたのか?」 「いえ…そうじゃありません」 ヴァンプ様は、どこか後ろめたそうに顔を伏せた。 「私は彼女の想いに、応えてあげられなかったんです…私は恋より、夢を追いかける道を選んだから…」 「…そうか。よく分かんねーけど、蒸し返さない方がよかったな」 「いえ、いいんです…むしろ私は、誰かに話したかったのかもしれません」 「じゃあ話せよ。俺でよけりゃ、聞いてやるからよ。どうせヒマだしな」 いつになく優しいレッドさんである。明日は隕石が降って来るのかもしれない。それはともかく。 「それでは、お話ししましょう…私と、彼女の物語を…」 ―――悪の将軍・ヴァンプ。彼の過去の一ページが、今紐解かれる…。 天体戦士サンレッド ~知られざる過去!悪の将軍ヴァンプ・その青春 生まれた時から、その二人はずっと一緒だった。共に笑い、泣き、時にはケンカもして、共に育った。 「だけど、それは小学三年生に上がる前の春休み…私は親の仕事の都合で、引っ越す事になったんです」 泣きじゃくりながら、引越しのトラックを追いかける女の子。 遠ざかっていくトラックの中で、男の子もただ、泣いていた。 「そして高校生になると同時に、私はまた故郷に戻ってきたんです」 入学式の日。クラス分けの中に、お互いの名前を見つけた。偶然のような、運命のような、そんな再会。 それからまた、二人は一緒になった。 空白の時を埋めるかのように、少年と少女は惹かれあった。 幼い頃そうしたように、いつも一緒だった。 「へー。そりゃまた、お前にもドラマみてーな青春があったもんだな」 「ええ。楽しかったですよ。彼女といると、嫌な事なんて何もかも吹っ飛びました」 少年の高校時代は、彼女と共にあった。 ずっとこのままでいられたらいいと、二人とも、そう思っていた。 「だけど…私には、夢がありました。そして私は、夢と恋と、二つとも抱えられるほど強くなかったんです」 時はあっという間に過ぎ去り、卒業の日。 「私は…夢を選んだんです」 ―――卒業式が終わり。 少年と少女は、中庭で向かい合う。 頭上には、この学校のシンボルである時計台。その鐘が鳴り響く中で結ばれた二人は、永遠に幸せになれる…。 そんな言い伝えから、その鐘は<伝説の鐘>と呼ばれていた。 けれど二人は、悲しげな顔でお互いを見つめていた。 「聞いたよ、ヴァンプ君…東京に行くんだって」 「…うん」 「ダメ…行っちゃ、やだよ」 少女の声は、震えていた。 「また…私の前からいなくなるの…?」 「…………」 少年は、答えることができない。 「どうして…ずっと、この街にいればいいじゃない!そんなに、夢が大事なの!?私よりも…」 「…捨てられないんだ。小さい頃からの、夢だったから…」 やっとの事で、少年はそう言った。少女を傷つけると知りながら。 「分かってくれとか許してくれなんてムシのいい事は言わない。でも俺は…どうしても、この夢を追いかけたい」 「じゃあ…じゃあ、私も一緒に連れていってよ。私が、君に付いていくから」 「それは出来ないよ…俺は、ダメな奴だから。そんな事をしても、きっとどちらも中途半端になって、余計にお前を 傷つけるだけだよ」 「…そっか」 少女は、泣いていた。 「私ね…ヴァンプ君のこと、ずっと見てた。ずっと、好きだったよ。子供の頃から」 「俺も、好きだよ。でも…ごめん。俺は…俺は…」 「俺は、絶対に世界を征服してみせる。世界征服に俺の全てを捧げる。もう、決めたんだ」 「そっか…今までありがとう、ヴァンプ君。私、君に会えて、本当に幸せだった」 泣きながら走り去る少女を、少年もまた涙しながら見送っていた。そして、気付いた。 自分は夢と同じくらいに大切な存在を、失ってしまったということに。 「俺は…酷い男だよな」 少年はそう呟く。 「でも、俺はもう決めたんだ…世界征服に命を懸けるって…」 懐から、一枚のチラシを取り出す。 <来たれ怪人!目指せ世界征服!フロシャイムはキミを待っている!詳しくは面接にて!> 「これを見た時、ビビッと来てしまったんだ…フロシャイムこそ、俺の骨を埋めるべき場所だと!」 少年はチラシを仕舞い、ゆっくりと歩き出す。 彼は今、大きな犠牲を払いながら、夢への階段を一歩踏み出したのだった――― 「…後悔してるか?夢を選んじまった事…」 話を聞き終えたレッドは、ぽつりと呟く。 「未練はないと言ったら嘘になるけど、後悔はしてませんよ。私は自分の意志で、夢を選んだんです」 対してヴァンプ様は少し寂しげな、けれど迷いのない笑顔で答えた。 「それに私はまだまだ、夢の途中です。後悔なんてしてられませんよ。そんな事じゃ、それこそ彼女に申し訳ない じゃないですか」 きっぱりと語るヴァンプ様の顔には、もう翳りはない。 「だから私は世界征服を諦めたりしません!勿論レッドさんの抹殺もね。これからもバンバン命を狙っていきます から、覚悟しといてくださいよー、ははは…いたっ!もー、そんなに頭を叩かないでくださいよ」 「うるせー!珍しくいい話だと思ったら最後はそれかよ!台無しにしやがって!」 いつものように馴れ合う正義と悪を尻目に、秋の風が吹き抜けていく。 やがて季節は巡り、冬が過ぎれば春が来る。 その度にきっと、我らがヴァンプ様は思い出すのだろう。 少年時代の、煌くような思い出を――― ―――フロシャイム川崎支部所属・ヴァンプ将軍。 彼にも彼だけの青春があり、そして彼だけの恋があった…。
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「ふぅ、これで良しと。あぁモスキー君、ちょっとかよ子さんの所までコレ届けて貰える?」 「あ、はい。このタッパーですか?」 「そうそうそれ、明日はレッドさんとの対決だからヤル気を出して貰う為にもちゃんと精をつけて貰わないと♪あ、中の汁が漏れるといけないからちゃんと水平に持ってね。」 「解りました。それじゃあ行って来ま~す!!」 「電線に引っ掛からない様に気を付けてねぇ~それとレッドさんにもちゃんと挨拶するんだよ~!! ………はぁ………」 ヘンゲルとの会談から数日経った夕方、ヴァンプは今日の夕飯のおかずを調理しその一部をお裾分けする為、赤い大きな目が特徴の蛾型怪人モスキーに頼んだ。 だが彼が去った後に漏れたヴァンプの溜め息はどこか疲れた様子だった… 『天体戦士リリカルサンレッド』この物語は川崎にて繰り広げられる善と悪の壮絶な闘いの物語である――― FIGHT.00『忍び寄る、異世界への魔手!!』(後編) ~翌日~ 「ったくお前らは毎度毎度懲りずによぉ…」 いつもの公園にて繰り広げられた善と悪の壮絶な戦いの後、半ズボンに妙な文章がプリントされたTシャツ(今日は『カラスの天敵はユリカモメ』と書かれている)、 そしてヒーロー独特のデザインをした赤いマスクが特徴的な男性…溝ノ口発の真っ赤なヒーロー『天体戦士サンレッド』がタバコを吹かしながらフロシャイムの面々に説教をしていた。 無論ヴァンプをはじめとしたフロシャイムのメンバーが正座をしているのは言うまでも無い… 「大体よぉ、自分達から時間を指定しておいて遅れて来んのはどう言う事だよ?やる気あんのかア゛ァ?」 「そんな滅相も無い!!私達やる気は充分に「うるせーから黙ってろ。」す、すいません…」 レッドはヴァンプの抗議を遮り二本目のタバコに火を付け、少し間を置いてから話を続ける。 「おまけによぉ…何で相手がまたコイツなんだよ!?前に倒したじゃねーか、パワーボムでっ!!」 レッドが怒鳴りながら指を指した先にはヴァンプの隣で鼻血を垂らしつつも無表情…もとい何も考えずにボーッと正座している細身ながらも逞しい体つきをした青い狼型怪人、 タイザがいた。 「実はこちらの書類ミスで今日来る筈だった怪人が来なくて…それで都合のつく怪人がタイザ君しかいなくてその…」 ヴァンプは弁明をするがどうも歯切れが良くない。 「それでまたコイツかよ…もういい加減にしてくれよ。意志疎通の取れない奴や花粉症になってる怪人が出て来るわ…最近グダグダ過ぎるんだよお前ら!! ホンットこっちのヤル気も失せてくるわ、マジで!!」 「えぇそんなぁ!?ヤル気を出して貰う為に昨日お裾分けしたじゃないですか、ブリ大根!」 「どこの世界にブリ大根を貰ってヤル気の出るヒーローがいるんだよ!? だいたい昨日のは生臭かったしよぉ!」 レッドは感情に任せて怒鳴り散らし、ヴァンプも反論をするがあっさりと一蹴されるが… 「アレ、レッドさんもやっぱり生臭く感じたんですか?」 そこに割って入った者がいる。タイザの隣で正座をしていたフロシャイムの戦闘員2号だ。 「え、もしかして2号も?」と、更に隣で正座をしていた1号も続く 「1号もか。いやぁ良かったぁ~昨日の晩もしかして俺だけなんじゃね?と思って心配したんだよ。」 「あ~解る解る(笑)。ヴァンプ様に限ってまさか…と思って中々言い出せなくてさぁ~タイザさんはどうでした?」 「わすれた~でもおいしかったぁ~。」 「えぇそうだったの!?そう言えば昨日は生姜を入れ忘れてたような…あらやだどうしよう、後でかよ子さんに謝らないと。」 「お前ら俺を無視して話してんじゃねぇ!!つーかヴァンプ、俺には謝んねぇのかよ!?」 「え~だってレッドさん、味音痴じゃないですか…」 「臭い位解るんだよ俺でもっ!」 そんな問答を繰り返していく内に、だんだんと話がそれていく。 「ったく…おい戦闘員、二人共コーヒー買って来い。微糖な。で、いったいどうしたんだよヴァンプ?」 レッドは呆れながらもベンチに腰掛け、戦闘員をパシらせてからヴァンプに問う。 「え、何がですか?」 「とぼけんな。対決がグダグダになんのはいつもの事だけどよぉ、お前が誰かに言われるまで料理の失敗に気づかねぇ何て結構な『事』じゃねぇか…一体何があったんだよ?」 ヴァンプは最初キョトンとしていたがレッドの指摘に言い返せず、ゆっくりと口を開く 「あの、実は…悩んでる事があるんです。」 「はぁ?悩み?何だよ珍しいじゃねぇかお前に悩みなんてよぉ、何だリストラか?それともクビか?まさかその歳になって恋の悩みとか言い出すんじゃねぇだろうなぁ~(笑)」 レッドは興味深げに身を乗り出し、四本目のタバコに火をつける。 「いえ、そう言うのじゃなくて…実はその、異世界への出張があるんですよ。長くて一年ほど…」 「はぁ出張?何だよ全然たいした事ねぇじゃねーかツマンネェ…」 レッドはヴァンプの期待外れな悩みに肩を落とす。 「そ、そんな…レッドさんは私達が一年も出張するの心配じゃ無いんですか!?」 「何でヒーローが悪の組織の心配しなきゃならねーんだよ?俺は一年もお前らに振り回されずにすむんで清々するぜ。」 「ヒ、ヒドイ!私が向こうの水は合うかとか言葉は大丈夫かとか、向こうの病院にかかる時保険料はどうなるのとかで色々と悩んでいるのにそれを他人事みたいに…」 「まんま他人事じゃねーか…だって俺、他人だし。」 「すいませーん遅れました!!」 「はぁはぁ、コーヒーが売り切れてまして…コンビニまで行ってました…ってどうしたんですかヴァンプ様!?」 戦闘員達が息を切らして戻って来たのは丁度ヴァンプがワナワナと震えだした時だった。 「もぅいいです!!私達は来月の金曜に出発しますけどレッドさんなんか他の怪人にヤられちゃえばいいんです! 1号、2号、行くよ!!ほらタイザ君も起きて。全くレッドさんがここまで薄情だとは思わなかった、私。」「フガ、フアァイ…」 「あ、ヴァンプ様待ってくださ~い。」 「レッドさん、コーヒーです。失礼しましたっ!」 ヴァンプはいつの間にか寝ていたタイザを起こし、プンプンと言うSEが似合う剣幕でスタスタと帰ってしまう。そして戦闘員もレッドにコーヒーを渡して後を追う。 「おぅおぅ行ってこい。そんでハクでもつけて戻って来いやぁ~!! ……………ったくあんな怒んなくてもよ…」 レッドは帰ってくヴァンプ達に野次を飛ばす。そして彼らが去った後ボソリと愚痴り、ベンチの背にもたれながら貰ったコーヒーに口を付ける。 「チッ、アイツら微糖つったのにまた甘ったるいの買ってきやがって…」そう呟くとレッドはグイッとコーヒーを飲み干した。 ~出発当日~ 「町内会の池田さんやお向かいの森末さん、それにかよ子さんや他のご近所の皆さんとも挨拶を済ませたし…それじゃあ皆、忘れ物は無いね?」 荷物を纏め、支度を済ませたヴァンプは同行する戦闘員、怪人達に声をかける。 ちなみに今回同行するのは戦闘員1号、2号、タイザ、メダリオ、カーメンマン、ウサコッツ、デビルねこ、Pちゃん改、ゲイラスの9人であり、他の怪人たちは後発組として出発する事になっている。 「じゃあロウファー、後の事はお願いね。解らない事とかがあったらちゃんと聞くんだよ。ご近所の皆さんや怪人の皆は良い人だから教えてくれるし。」 「うん、任せて兄さん。兄さん達がいない間、ちゃんとアジトの番をしとくよ。」 川崎支部の指揮にはヴァンプの弟でありフロシャイム静岡出張所隊長であるロウファーが研修を兼ね川崎支部将軍代理として就くことになった。 「うん、天井さんもいるしロウファーなら大丈夫だしね…それじゃあ皆、少し早いけど行くよ。新宿駅に行くからまずは溝ノ口に向かうね、 道中は一列になって進むから車に注意してね~」 周りのは~いと言う返事の後、ヴァンプを先頭にしたフロシャイム先発組はゾロゾロと連なって歩き出す。だがその道中にある人物が現れた。 「おいおいお前ら…まるで遠足みてぇじゃねぇか。」 「あ、レッドさん…」 レッドである。彼は普段の格好(今回は無地)でヴァンプ達の前に立っていた。 「どうしたんですかレッドさん?ま、まさか忍び寄る魔の手から異世界を守る為に私達を抹殺しに…」 「バカ、そんなメンドクセーことしねーよ… ほらよ、餞別だ。」 レッドはそう言うとポケットからあるモノを取り出し投げ渡す。ヴァンプや怪人達は若干身構えていたが、ヴァンプは落としそうになるも何とか投げられたモノをキャッチする。 その手にあるのは赤い色をした一見おもちゃの様に見える銃だった。 「これってサンシュートじゃあ…悪いですよこんな大切なのを貰うなんて!?」 「バカ、誰がやるなんて言ったよ。貸すだけだ『貸す』だけ!!帰ってきたら返せよな。 それによぉ…勘違いいしてんじゃねぇぞ?この前かよ子に棚の修理やらされて、そん時に偶然見つけたんだ。そんで手ぶらだと何か落ち着かねーから持ってきただけだ …別にお前らの為にわざわざ探した訳じゃねぇんだからな!!」 レッドは普段から赤い顔を更に赤くさせながら捲し立てる。 「レッドさん…まさかヒーロー物お約束の『悪の組織に武器を奪われピンチになる』と言うシチュエーションをグスッ、わざわざ…あ、1号ちょっとティッシュ貰える?御膳立てしてくれる何て…」 「だぁから違うつってんだろ殴るぞテメェー!! つーか時間とか大丈夫なのかよ?」 「あらやだ困る、せっかく転送ポートを手配して貰ったのに遅れたら迷惑がかかっちゃう。それじゃあレッドさん、コレ借りてきますんで」 ヴァンプは涙ぐんでいた顔を切り替え行こうとするが、急に立ち止まりレッドの方を向く。 「あの、レッドさん…」 「何だよ?」 「再び我等が現れる時それがサンレッド、貴様の最後となる…それまでせいぜい首を洗って待っておるのだ!!」 「いいからさっさと行ってこいバカッ!!」 「痛っ!?」 いらんことを言って殴られるヴァンプであった。 「レッドも素直じゃないよねぇ~」 「アレじゃね?ほら、いつも苛めてた奴が引っ越すんで寂しいとか?」 「あ~言えてる言えてる。何かそんな感じじゃん(笑)」 「テメェ等もゴチャゴチャぬかんしてんじゃねーよ!!」 「「「痛ぇっ(い)!」」」さらに殴られる怪人達だった。 ~新宿駅~ 「う~んやっぱり平日でも新宿は混んでるねぇ…」 「それでヴァンプ様、転送ポートってどこにあるんですか?」 「ちょっと待ってね、確か京王百貨店口改札の男子トイレだから…あぁこっちこっち。」 ヴァンプ達は京王線京王百貨店口にある男子トイレの個室に向かう。そして戸を開けるとそこには青く輝く魔方陣がある。 「それじゃあ皆、準備は良い?他の人に気付かれないように早く入っちゃおうね。」そしてフロシャイムの面々は転送ポートへ順に入り、次元航行艦の前に現れる。 「あ~向こうに着いたら彼女に連絡しないとなぁ…」 「あ、そう言えば1号も遠恋か。俺も連絡しないとなぁ~」 「魔法の世界って楽しみだねネコ君!!」 「うん、良い糖尿病治療があると良いなぁ…」 「℃¥$¢£%#♂♀°*&∞∴」(とにかく楽しみらしい) 「向こうでバイト探さないとなぁ~」 「俺、向こうのカップ麺がどんなのか楽しみだぜ♪」 「またカップ麺かよ(笑)つか船に乗って酔うなよな~」 「お出かけ!お出かけ!」 (レッドさん…頑張ってきますね、私達) 彼らはそれぞれの思いを胸に船へと乗り込む。 だがボディーチェックの際サンシュートが管理局法に引っ掛かり、急遽ゲイラスがレッドへの返却の為に後発組へとシフトすることになった… ~続く~ 前へ 目次へ 次へ
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「―――はあ。なるほど…ヴァンプの野郎、ロクなことしねーな、全く」 ここはレッドさんの自宅―――正確に言えばレッドさんの彼女・かよ子さんの自宅で、ファラから今回の事の次第 を聞き、しかめっ面になったレッドさんという場面である。 「でもヴァンプさん、とっても優しくていい人だったよ?」 「だから世界征服できねーんだよ。悪の組織のくせして」 「そういう事を言わないの。全く、あんたって酷いんだから」 そう言ってレッドさんをたしなめたのが噂の彼女・もうすぐ三十路のかよ子さん。 全体的にスマートできりっとした容姿、可愛いというより凛々しい大人の女といった印象のしっかり者だ。 だらしないレッドさんを色んな意味で支える出来た女性で職業・保険の外交員。やり手である。 「―――ほら、二人とも終わったわよ」 コタロウは鼻に絆創膏を貼りつけられ、ディランは膝に包帯を巻かれていた。 「ありがとね、かよ子さん!」 「…あ、ありがとう」 元気のいいコタロウと、何故かはにかむディラン。かよ子さんはくすっと笑って、二人の頭をチョンとつつく。 「ケンカはよくないけど、女の子を守るために闘ったのよね。二人とも、かっこいいわよ」 「へへ…ぼくはレッドさんの愛弟子だからね!」 「愛しくねえし弟子にした覚えもねえよ」 レッドさんはすげなく言うが、勿論コタロウは聞いちゃいない。ディランはというと。 「…………」 顔を少し赤くして、膝に巻かれた包帯と、かよ子さんの顔を見つめていた…。 天体戦士サンレッド ~召喚!異世界よりの使者(後編) かよ子さんは早速ヴァンプ様の携帯(高齢者向けのラクチンホン)に電話していた。 「―――ええ、そうなの。そういう訳でディランくんとファラちゃんはウチで預かってるから…え?いいのいいの、 お礼なんて。ウチの人、いつもヒマしてるだけなんだから。ちょっとはヒーローらしい事もしてくれないと…」 その様子を見ながら、ディランはレッドさんに問う。 「なあ。かよ子さんはレッドさんの…えっと、恋人なんだよな?」 「あ?そうだけど、何だよ。マセた事言ってんじゃねーよ」 「素敵な人だよね…やっぱり女の人って、レッドさんみたいな強い男が好きなのかな?」 「おいおい、急に何言いだすんだよ…ま、確かに弱いよりは強い男の方がいいだろうけどな」 レッドさんはにやりと笑って立派な力瘤を作る。グータラな彼だが、その肉体は非常に逞しいのだ。 「…………」 ディランは色んな意味で羨ましそうにレッドさんを見つめる。ファラは複雑な顔でディランに話しかけた。 「ディラン…もしかして、かよ子さんの事を好きになっちゃったの?」 「な!?何でそうなるんだよ!ただ、素敵だなーって言っただけじゃないか!」 「あー、ディラン!ファラちゃんがいるのに浮気なんて、いっけないんだー!」 コタロウも面白がって話に参加する。ディランはますます顔を真っ赤にした。 「ファラは関係ないだろ!別にボクはファラの事なんか何とも思ってないんだからな!」 「…何とも…思ってない…」 「う…一々泣きそうになるな、バカ!」 「こら、ディラン!またファラちゃんを泣かせたなー!何でキミはそう捻くれて…」 「―――静かにしろ、おいっ!」 ドンッ!とレッドさんがテーブルをぶっ叩く。お子様方はビクッと身を竦ませて黙り込む。 「おめーら、人んちでうるせーんだよ!…いてっ!」 「うるさいのはあんたでしょ。全くもう、そんなに怒鳴る事ないじゃないの」 容赦なくレッドさんのドタマを叩いたかよ子さんは、腕組みしながら説教する。 「いや、だってお前が電話中なのに、大騒ぎするから…」 「それでも正しい叱り方ってものがあるでしょ、全く…とりあえず、ヴァンプさんには連絡入れたから。すぐに迎え に来てくれるわよ」 「うんうん。それまではウチでゆっくり休んでいってよ」 「コタロウ。お前んちじゃねーだろ、ここは俺んち…」 「あんたのウチでもないでしょ。私のウチよ」 「…………」 黙るしかないレッドさん。彼はかよ子さんには絶対に勝てないのである。 ヒーローの恋人・かよ子さん。ある意味で川崎市最強の女傑であった。 ちょっと気まずい空気の中、ディランが口を開いた。 「あ…あの、かよ子さん」 「どうしたの、ディランくん?」 「かよ子さんは、その…ヴァンプさん達と仲がいいの?」 「え?そうねー。よく料理のお裾分けを貰ったりするし、いいご近所さんよ」 「でも…」 ディランは口ごもりながら、言った。 「でもあいつらは、怪人で…化け物じゃないか…」 「化け物?どこが?」 かよ子さんは、特に糾弾するでもなく、静かに訊ねた。 「どこがって…どう見てもおかしいよ。あんな変な連中…人間じゃない。化け物だ」 「そうね。確かにあの人達は怪人であって、人間じゃないわね」 だけど。 「ヴァンプさん達は、確かに怪人だけど…心はどこにでもいる、お人好しの人間そのものよ」 「心…?」 「そう。心」 かよ子は、優しくそう言い聞かせた。 「だからディランくんも、人の見てくれよりも心をきちんと見れる人になってほしいって…そう思うな」 「かよ子さん…」 その時、玄関のチャイムが鳴り響く。ドアが遠慮がちに開くと、そこには汗びっしょりのヴァンプ将軍がいた。後ろ にはカーメンマンとメダリオの姿も見える。二人も相当走り回ったのか、息を切らしていた。 「ご…ごめんね、かよ子さん。二人の面倒見てもらっちゃって」 「あら、いいのよヴァンプさん。ディランくんもファラちゃんもお行儀よくしてくれて…」 「あ、そうですか!それはそれは…あれ?もう一人子供がいるけど、もしかしてレッドさんの子じゃあ…」 「んなわけねーだろ!近所に住んでる吸血鬼のコタロウだよ」 「へー。はじめまして、コタロウくん。私、レッドさんと敵対してる悪の組織フロシャイムのヴァンプ将軍だよ」 「うわー、おじさんが悪の将軍!?それじゃあレッドさんとはいつも血で血を洗う死闘を繰り広げてるんだね!」 「いやあ、ははは。それほどでもあるかな、うふふ…」 「ガキ相手に見栄張ってんじゃねえよ!いいから早く小僧とお嬢ちゃんを連れて帰れ!」 「は、はい!それじゃあ帰ろうか、ディランくん、ファラちゃん」 レッドさんの剣幕に、ヴァンプ様は慌てて二人を促す。 「うん。来てくれてありがとうね、ヴァンプさん。レッドさんにかよ子さん、お世話になりました!」 「あの…さよなら。それと、かよ子さん」 元気一杯のファラに対して、ディランは少し口ごもった。 「なあに?ディランくん」 「また…遊びに来てもいいかな?」 かよ子さんはクスっと笑って、ディランの頭を撫でた。ディランは恥ずかしそうにしつつも、されるがままだ。 「いいわよ。いつでもいらっしゃい」 「…うん」 そしてアジトへと帰っていく一行を見送り、かよ子さんはレッドさんとコタロウに目を向ける。 「ほら。あんたはコタロウくんを送っていきなさい」 「え…コタロウをか?俺が?」 「あんた以外に誰がいるの。もうすぐ暗くなっちゃうし、こんな小さな子を一人で帰らす訳にいかないじゃない。以前 も送っていってあげた事あるんでしょ?」 「いや、そうだけど今日はこれから見たい番組あるしよ…それにこいつ吸血鬼だし、夜は平気だと」 そんな抗議を黙殺し、かよ子さんはコタロウに笑顔を向ける。 「コタロウくんはこの人に送ってってもらいたいわよね。ねー?」 「うん!ぼく、レッドさんとまだまだ一緒にお話ししたいなー!」 「んなっ…コタロウ、お前なあ…」 「いいじゃないの。あんたを慕ってくれる子供なんて他にいないんだから、優しくしてあげなさい」 「…………」 結局レッドさんはコタロウの手を引いて、彼の兄と雇い主の待つマンションへと向かう事になるのだった。 「―――それでね。公園でディランとコタロウくんと一緒に遊んで、二人がファラのために悪い人達と闘ってくれて、 レッドさんがとっても強くて、かよ子さんは優しくて素敵だったの」 「へー。そんな事があったんだ」 ファラの手を引き、相槌を打ちながらヴァンプ様は家路を辿る。そのすぐ後ろを歩きながら、ディランは思う。 (この人達は…人間じゃない) だけど。 (だけど…ボクの知ってる、どんな人間よりも優しい) ―――ディランくんも、人の見てくれよりも心をきちんと見れる人になってほしいって…そう思うな 「ん?どうしたの、ディランくん。あ!もしかして傷が痛むの!?大丈夫?ちょっと休んでいこうか?」 「い、いえ…そうじゃありません。あの…皆さん」 ディランは俯いて、ようやく言葉を紡ぎ出す。 「…迎えに来てくれて、ありがとう」 そして、頭をペコリと下げた。 「それと…化け物だなんて言って、ごめんなさい」 「いいんだよ、もう。ほら、今日は鶏ダンゴ鍋を作るから、早くウチに帰ろう」 ヴァンプ様は照れたように笑って、ディランの小さな手を包むように握る。 ディランもその大きな手を、しっかりと握り返した。 カーメンマンとメダリオも、まあしょうがねーから許してやるか、と言いたげに苦笑するのだった。 ―――それからの一週間、二人は神奈川県川崎市・溝ノ口にてたくさんの思い出を作った。 川崎支部の怪人達は、ディランとファラをまるで本当の弟妹のように扱い、二人もそれに素直に甘えた。 公園でコタロウと遊び、そしてその三人でレッドさんとフロシャイムの対決を見学させてもらった。 (※なお、この時のレッドさんは子供達が見ているという事もあって珍しくサービス精神を発揮し、バトルスーツを 着用して対決に臨んだ。そしていつもの十倍はエンターテイメント性溢れる闘い振りを見せて、子供達を大いに 興奮させたのだった。ただし、対決に駆り出された怪人はいつもの十倍ボコボコにされました) 時にはレッドさんの家…もとい、かよ子さんの家でかよ子さんの手料理も御馳走になったりした。味については… 言わぬが花というものだろう。 ファラは彼らとの時間を存分に楽しみ、そしてディランもいつしか、何処にでもいるごく普通の子供のように、屈託 なく笑うようになった。 皆の優しさに触れて、強さに触れて、笑顔に触れて、捻くれた子供だったディランは少しだけ、けれど確かに何か が変わった。この街に来て、よかった―――彼はそう思った。 けれど。 そんな魔法のような時間も、もうすぐ終わる。 二人には、二人の帰るべき世界があるのだから――― ―――装置の充電も無事に終了し、ついに二人が元の世界<ルーンハイム>へと帰る時がやって来た。 川崎支部アジトにはそれを見送るために大勢の怪人や、すっかり仲良くなったコタロウ、そしてレッドさんとかよ子 さんの姿もあった。 「ファラ、寂しいな…これで皆とお別れなんて…」 「ほらほら、ファラちゃん。やっとおうちに帰れるっていうのに、泣いてどうするの…グスッ…」 ヴァンプ様は泣きそうになっているファラを慰めつつ、自分も貰い泣きしていた。 「お前の顔も見納めかと思うと、ちょっと名残惜しいなー」 「ま、お前も来た時に比べりゃ随分マシになったな。あん時はもう呪ったろかこのガキって思ったもん」 「う、うるさいな!もう謝ったんだから蒸し返すなよ!」 何だかんだですっかり仲良くなったらしいメダリオとカーメンマン、そしてディラン。 「ぼくの事も、忘れないでね!」 別れの悲しさを我慢して、精一杯の笑顔でコタロウが手を振る。ディランとファラも、笑顔で手を振り返した。 「ま、俺もお前らみたいなこまっしゃくれたガキがいたって事は、精々覚えといてやるよ」 レッドさんも憎まれ口を叩きながら、その横顔はどこか寂しげだった。 そして、かよ子さん。 「ディランくん、ファラちゃん。二人とも、いつまでも仲良くね」 「かよ子さん…うん!ファラ、ディランとずっと仲良くする!」 かよ子さんはそれを聞いてにっこり笑い、ファラの頭をそっと撫でる。 「―――かよ子さん!」 そしてディランは、胸の内全てを吐き出すように叫んだ。 「ボク…レッドさんみたいに、誰よりも強い男になるよ!それで…それでかよ子さんみたいな素敵な人を見つけて、 その人と結婚するんだ!」 かよ子さんはその告白に目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。 「ありがとう、ディランくん。でもあなたには、探さなくてももういるじゃない」 ファラを指差し、かよ子さんはいたずらっぽくディランに囁く。 「ほら、こんなに素敵なお姫様が」 「う…ち、違う!あいつとは、そんなんじゃ…」 「あら、じゃあファラちゃんの事は嫌いなのかしら?」 「そ、それは…そういう言い方は、ずるいよ…」 「そうね。ごめんね、意地悪な事言って。けど、ディランくん」 ディランの手をそっと握り、かよ子さんは言った。 「あなたが私の事を素敵だって言ってくれたのは、本当に嬉しいわ。ありがとう」 「…かよ子さん」 「元気でね、ディランくん」 「…うん!」 「―――よーし、装置の準備は出来たよ!二人とも、用意はいいかい?」 ヴァンプ様の声に、ディランとファラは顔を見合わせて頷く。名残は尽きないけれど、もう帰らなければならない。 「皆…さよなら!ずっと覚えてるから…絶対、忘れないから!」 ―――こうして、神奈川県川崎市での少年と少女の物語は終わりを告げた。 ここからは、彼らの世界でのお話――― ルーンハイム・セレスティア王国。その城下町では、子供達が和気藹々と遊んでいた。 人間の子供もいれば、翼を持つ民―――<ランカスタ>の子供もいる。 姿かたちの違いなど気にせず、彼等はただ幼い日々を謳歌する。 そんな時、こちらに近づいてくる小さな人影を見つけて、皆一様に眉を顰める。 「…あ。おい、あれ…」 「帝国のディラン皇子じゃないか…」 「何しに来たんだ?」 はっきり言ってあまり印象のいい相手ではない。帝国といえば反ランカスタ思想の象徴であり、その皇子という時点 で普通の子供にとっては取っ付き辛い。向こうの方も、自分達と仲良くする気など毛頭ないような態度を見せていた ため、これまで同年代の子供達との交流などなかったのだ。 「…あの、さ」 ディランは彼等の前で立ち止まり、やや遠慮がちに口を開いた。 「ボクも…一緒に遊んでもいいかな…」 意外な申し出に、子供達は呆気に取られたように顔を見合わせたが、すぐに笑顔になった。 「いいよ、一緒に遊ぼう!」 それを聞いて、ディランも照れくさそうにしながら子供達の輪の中に入っていった。 「じゃあ、何して遊ぶ?」 「鬼ごっこ?」 「かくれんぼは?」 「うーん。どれもありきたりだよなあ…」 「あ…じゃあボク、やってみたい事があるんだけど」 手を上げてそう言ったディランに、皆の視線が集中する。彼ははたして、この遊びを提案したのだった。 「―――天体戦士サンレッドごっこ!」 ―――後日、王国の子供達の間では、この遊びが大流行する事になるのだった。 なお、一番人気はヴァンプ様役であったそうだが、ディランはレッドさん役にこだわりを持っていたという。 時にはその中にファラも加わり、その場合はレッドさん役のディランと一セットでかよ子さん役を演じたそうな。 ―――それから、月日は流れ。 ファラは、立派な美少女に成長していた。 「ふふ…ディランったら、まだやってる」 王宮のテラスから、中庭を見下ろす。 「なんというか、その…昔からは信じられないほど変わったな、ディランは…」 ファラの父であるセレスティア国王が、冷汗をかきつつ答えた。 「そうね。でも…」 ファラは、にこやかに笑う。 「ディランは、誰にも恥じることのない―――ルーンハイムのヒーローよ」 「そうか…そうだな。ディランがいなければ、我々はどうなっていたことか」 国王は、それでも何だかなあ、といった顔で、ただ一言、率直に今の心情を語った。 「どうしてこうなった」 そして、当のディランはというと。彼もある意味で立派に成長していた。 「おいテメエ!誰が足を崩していいっつったんだオラァ!膝の皿抜き取るぞコラァ!」 彼は今、王宮の中庭に色んな奴を集めて正座させ、説教をかましていた。 具体的に言うと色々企んでた父親である皇帝やら、どっからどう見ても怪しい宰相やら、一目見ただけで怪しすぎる 三博士やら、色々あってディランを憎んでいた双子の弟やら、洗脳されていたファラの兄貴やら、帝国が誇る二人 の将軍やら、魔界の支配者級魔人三体やら、しまいには世界の破壊を目論んでいた黒き女神やら、原作ゲーム 知らん人でも<よー分からんけどスゲー連中なんだろうなあ>と想像がつくであろうそうそうたるメンツである。 簡単に説明すると帝国は王国への侵略を画策していたり、黒幕は宰相だったり、もうとにかく色々あったんだけれど、 ディランはこいつら全員かるーくワンパンKOして皆まとめて正座させて説教しているのだ。 これもレッドさんの強さに憧れ、それを目指して日々鍛錬していた賜物である。ディランの戦闘力は、もはや本家の 天体戦士サンレッドにも匹敵するほどになっていた。 そう、彼はまさしくルーンハイムを照らす太陽となったのだ。 そして彼の傍には、子供の頃と同じようにファラがいる。何よりも強く自分を支えてくれる、大切な絆が――― ルーンハイムの平和は、これからも揺らぐことはないだろう。 ディランの胸に、神奈川県川崎市で出会った人々の想いがある限り――― ―――天体戦士サンレッド。 これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語であり、その正義の光は遠い異世界の少年 の心で、今なお輝き続けている。